星飛雄馬には花形満がいて、矢吹丈には力石徹がいた。
そんなことを言っても、日本の古典漫画に造詣がない無教養な若者たちには理解不能であろう。しかし、ヒーローに不可欠なものは、本人を苦しめ、成長させてくれる唯一無二のライバルの存在なのである。
そして、衆院選に勝利した安倍晋三氏に足りないものは、ライバルだ。ライバルが存在しない者を、人はヒーローと呼ぶことができない。
細川政権誕生前の自民党の場合、自民党は万年与党であり、そのトップは、実際には派閥の領袖であって、派閥同士が骨肉の戦いを演じるのが、政治の姿だった。そして、それは中選挙区という選挙の仕組みによって支えられていた。すなわち、同じ選挙区内に自民党の候補が何人も立つのであるが、それぞれの候補者には派閥の後援があり、それは実は自民党内における派閥同士の戦い、という構図だったのである。
だが、いつまでも自民党だけが政権担当政党であり、その政治闘争が党内の水面下の戦いである、というのは、民主主義のあり方として正しくない、という認識が登場して、1990年代に衆議院議員選挙で小選挙区制が導入された。それと並行して、小沢一郎氏が自民党を離党して新生党を旗揚げし、細川護煕氏は日本新党を立ち上げた。
ここから、日本政治は自民党内の派閥抗争時代を終了し、政党同士が競い合う、という分かりやすい構図に変わった。ただ、問題は、小沢と細川が、自民党と共産党以外全部乗せ、という実も蓋もないぐしゃぐしゃなドンブリを作り出したことで、そんなものとても食えるか、ということになって、自民党が社会党を騙して政権与党に誘い出し、結局、騙された社会党は潰れ、自民党が復権した。
それでもあきらめない小沢一郎は、今度は政党をひとつにすることを画策して民主党という弁当をつくったのだが、彼らが与党になってそれを開けてみると、それはやはり、ゲテモノが何でも入っている、という奇妙な食い物で、これを好きな者にあれは食べられず、あれを好きな者はこれが食えない、ということになり、まるで大磯町の給食のように誰からも嫌われることになって、捨てられてしまう。
そういうことになって、再び自民党の天下になった時に総裁だったのが安倍晋三氏である。
彼は前にも一度、小泉純一郎氏の後継として総理になったのだが、いろいろ問題があり過ぎて、その後、毎年総理が変わる、というアテネの僭主みたいな伝統を日本の政界に残した人物である。彼をはじめ6人の人物が、年一回のペースで総理をたらい回しにしている。
今度はもうすぐ5年、という年月を総理として過ごしているのだが、彼の悲劇は、最初に述べた通り、ライバルがいない、という大問題である。それで、部下が勝手に忖度するとか、各種の言い掛かりをつけられて、専制君主のように非難されている。しかし、日本国憲法の下では、総理大臣が専制を行うことは極めて困難であり、下手な政治をしていれば必ず対抗する者に権力を奪われるようにできている。文句を言われながらも政局が安定しているのは、彼に能力があるからではなく、対抗する勢力があまりにも無能だからである。
そこで、民主党の中にも少なからず有能な者はいたのだから、そういう資産を再活用して、もう一度安倍晋三の対抗勢力をつくる、という企図には十分に意味があった。
民主党は、政権を取ってあまりにも不評を買ったため、民進党と名を変えたのだったが、それは名前だけの変更であって、何の意味もなかった、ということに当人たちはあまり気付かなかったらしい。むしろ名前を変えたのに相変わらず不評である理由が理解できない様子であった。そこで、前原新代表が、今度は希望の党と名前を変える、と言い出した時、またどうせ変わるのは名前だけで、あとは小池百合子というブランドをくっつけるだけだから問題ない、と信じ込んだらしい。
ところが、小池氏は当然そんなことを考えていたのではなく、安倍晋三のライバルに自分がなる、あるいは少なくともそれが可能な勢力をつくることを目的としていた。
間に挟まって右往左往した前原誠司氏の無能っぷりは漫画同然だが、この選挙、小池氏にとっては残念な結果しか残らなかった。それでどうするか、ということになるので、自分は先の記事でお勧めした通り、旧民進党の「無所属の会」に希望の党をそっくり売り渡すことが良いと考えている。新党の代表は野田佳彦氏で、副代表が小池百合子氏。もはや長老と言って良い岡田克也氏には、衆議院副議長の職に就任していただきたい。新党の幹事長には、察しの早い江田憲司氏がお勧めである。
ともかく、小選挙区制によって、自民党派閥制度が破綻したのに、政党間の権力交替がうまくいかないので、自民党内には派閥を復活させようとする動きまである。しかし、昔に復古してうまく行くことはあり得ない。ここは奇策を講じてでも、小池氏の狙った新党が野党第一党として国会に臨めるよう、何とかしていただきたいものと思っている。

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