民進党はどこへ行く?というクエスチョンがどんどん広がる中、東芝メモリの売却については、昨日東芝が売却の発表を行った。それで、買収する側のBain Capitalは、昨夜午後5時半から説明会を行う、ということだったので、まずその内容を把握しないといろいろなことが分からない、と思っていたら、記者が皆集まった定刻を過ぎてから、会見中止です、ということになった。おそらく、会見で発表する原稿を関係者でチェックしたところ、そんなこと言っちゃダメ、いや言わなきゃ筋が通らない、というような悶着があって、じゃあ会見そのものを中止する、ということになったのだろう。そして、Bain側の発表内容にクレームを入れたのは、おそらく東芝であろう。
そもそも東芝の発表したお知らせには、「・・・とのことです。」という文言がいくつか出ている。要するにBain側とは大筋合意があるものの、そこに記されているようなことは確約されていることではなく、約束はしていないものの、東芝としてはそう書かざるを得ない、という事情があったのだと思う。そして、そういう曖昧な表現が出て来る理由は、日本政府(経済産業省)の意向を忖度したから、ということだろう。そういう忖度ベースでBainに口裏を合わせろ、と言っても、彼らは事実をそのまま言わなければ、出資者や市場に対して虚偽の発言をすることになるので、そんなことは職業倫理としても、実務的なプラクティスとしても決してやってはいけないことなので、ぜってえ言えねえ、と突っぱねたのだろうと思う。
そうは言っても、そこが本当に重要なポイントではないので(経済産業省的に重要だ、という程度のお話だろう)、全体像をその東芝発表から想像してみると、自分の評価としては、苦しみながらも「よくがんばりました」ということだと思う。
まず、買収金額は2兆円とされる。本当は、東芝が3,505億円を再出資する、というから、資金手当てとしては約1兆6千5百億円までしか準備できず、残金は株式で、となったのだろう。そんな複雑なことをなぜしたのかと言うと、競合した他社(主に台湾の鴻海)が2兆円以上だとぶち上げているから、どうしても2兆円以上と発表する必要性があったからだ。
しかも、Bainは、出資金を全部用意することができなかったので、金融機関から6,000億円を借入する、と発表されている。これは別の情報では、三井住友、三菱UFJ、みずほ、といった日本の銀行であるとされている。では、これら銀行はなぜそんな巨額の融資を決断したのか。ここは推測だが、これは要するに、東芝向けにすでに貸し込んでいる融資額を引き上げて、東芝メモリに融資を移すのだろう。東芝としては、売却益としてその6,000億円が受け取れるのだから、借金が現金に替わってありがたい、ということになる。銀行としては、借主が東芝であるよりは東芝メモリである方が健全性が高い、ということになって、行内の稟議も通しやすいだろう。問題はカネを借りるBainであるが、これはもうBack to backで東芝メモリに借金を付け回すだけだろう。東芝メモリとしては、予定外に6,000億円の借金を抱えての船出、ということにはなるが、まあ経営がうまく廻る限りは、いくらでも借り換えが可能であるから、経営状態が良い前提なら、借入金なんかほぼ自分のカネと同じように考えることができる。
さて、Bain自身は2,000億円しか出資しない、と発表されている。つまり、彼らは2,000億円しか持っていないくせに2兆円のビジネスを買う、という錬金術師である。実際には、Bainが自分の名前で東芝メモリを買うのではなく、新たにつくる買収目的会社が名目上2兆円を提供する。その会社名はPangeaというものであって、そのネーミングは面白い。Pangeaとは、現在地球には5個くらいの大陸があることになっているが、それらはもとは1個の大きな陸地であって、そうした太古の地球にあった唯一の巨大な大陸こそが、Pangea大陸である。今、自分がどの大陸にいるかなんてどうでもいいじゃん、皆もとはPangea仲間だよね、というような意味合いで日本人とかアメリカ人とか韓国人だというような意識は捨てようぜ、というメッセージがそこにはあるだろう。
さて、そのPangeaに出資する仲間たちは誰かというと、東芝本人、HOYA、SK hynix、Apple、Seagate、Kingstone Technology、そしてDell、ということになる。彼らは、どいつもこいつも一筋縄では行かない業界の曲者ぞろいだ。一応、そのプロフィールをカンタンに述べると、HOYAは東芝メモリの生産ラインで最重要な要素である露光分野において、重要なパーツであるフォトマスクの基板を提供する部材メーカだ。顧客の言うなりにならないうるさい納入業者として有名。SK hynixは東芝メモリのガチな競合メーカ。ただし、売り上げ規模は東芝の約半分。SKは、韓国ではガソリンスタンドや携帯電話のキャリアとして有名だが、現代とLGがメモリー事業で合弁企業にしたHynix社を買収して、当該会社の事業規模を拡大中。買収のプロと見るべきだろう。さらにApple、彼らはその巨大な購買量をテコにメーカを支配する。すでに東芝メモリからたくさん購買しているが、購入単価については益々厳しい交渉があろう。Seagateはハードディスクの世界最大手。Western Digitalとその市場を二分している。Western DigitalがSanDiskを買収して、半導体メモリーを手に入れたので、自分は東芝メモリを手に入れてハードディスクから半導体メモリーへの技術の進化を自らの手で推進しようとするだろう。さて、Kingstone Technology。彼らは、後工程だけを自社でまかない、前工程は他社からの購入品、という独自戦略を展開中。DRAMでは世界第一位。東芝メモリを手に入れて、そこで前工程だけを安価に下請けさせ、後工程は競争力のある自社工場で、という戦略でNANDの世界でも世界一を狙うことだろう。Dellはパソコン屋、と思うのは素人で、今では彼らは投資家だ。メモリーを集積し、システム化したストレージ分野の最大手EMCを傘下に抱えている。メモリーは、単体では単なる部品だが、これをデータセンタで実用化するには、独自開発のコントローラを備えたストレージ製品として付加価値を高める必要がある。EMCは、おそらくSamsungから大量にメモリーを購入しているのだが、今後は東芝メモリと競争させて、メモリーの購入単価引き下げを狙うことだろう。
そういう訳で、このPangea、よくもこんな手練のメンツばかりを揃えたものだ、と思うくらい世界の曲者たちをこのPangea大陸に集めている。彼らの思い思いの要求をBainが手際よく取りまとめ、東芝メモリにガンガンそれを実現させれば、案外この業界では、Samsungを抜いて世界で一番の巨大企業に成長する、ということも、論理的には不可能ではない。しかしもし、Bainにそれだけの手腕がなければ、意見の不一致による大爆発もカンタンに起きる。
それでも、彼らはそういうことに意欲的だ。この大陸に経済産業省がはじめから意図していた産業革新機構や日本政策投資銀行の名がないのは、本当に大正解である。実は東芝の発表では、それらの機関に「指図権を付与することを予定しております」と書かれている。出資しない者に経営権限の一部である指図権を付与する、とは何のことか分からない、と思ってBainの記者会見で彼らが何を言うか待っていたら、会見中止となったので、要するにこれは東芝による経済産業省へのリップサービスに過ぎず、経産省は蚊帳の外、というのが、おそらく結論だろう。
また、東芝発表にある「日系企業による出資比率は当社分を含め過半を超えるとのことであり」という文言も、おそらくは嘘であろう。発表内容を素直に読めば、Pangea大陸の住民の過半はアメリカ企業だし、そもそも自分が発表するのに「とのことであり」とは何なのか。
まあ、この買収の意義は、一定の特殊な見方をすれば、日本の政府系ファンドも絡んでいるように見え、日系企業の出資が過半であるように見えるにしても、それらは架空の話なので、きちんと説明することはできず、要するに、東芝メモリはアメリカのファンドが組んだストーリーに多数のアメリカ、韓国、日本の利害関係者が絡み、うまく行けば大化けするが、下手をこけば大爆発して、巨額融資をした日本のメガバンクも大怪我するようなスキームの、外資による買収劇であることになるだろう。
もしも大化けする場合、東芝メモリは上場を果たし、その場合は、東芝を含む出資者一同が大いに潤う、ということなので、ここはそういう輝かしい前途を祈念して、皆で喜んだ方が良いと思う。

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