いろいろ所用があって、本当は東京国立博物館の「日本国宝展」を見に行こうと思ってはいるのだが、躊躇している。
その展示は日本国の「国宝」に指定されているものをいろいろ並べてみる、というだけのことなので、チョコレートの箱(英語で言うと、assortedというようなヤツ)を開けて、へ〜こんなのあるんだ、という発見を期待するだけの、ちょっと福袋のようなものだから、それだけなら別にわざわざ行かなくても良いとは思うのだが、明日までという期日限定で福岡市博物館から持って来ている「漢委奴国王印」の実物を見ておきたい、と思っていたのだ。
現物が1インチ四方くらいの小さいものであることは承知しているし、それがどんなものかは、まず小学校の社会科の教科書にでも写真が載っているくらいだから、むしろ知らない日本人の方が珍しいくらいのものだろう。
それでもやっぱり気になるのは、それが「倭」と関連するからだ。
この漢字の並びを見てみれば、そして、そのサイズが小さいのを見てみれば、「倭」というものの存在感の「小ささ」が感じ取れるだろう、というのが、自分の期待なのだ。
「国宝」なのだから、日本国としては「ありがたい」ものであろうし、別に中国は、もともと中国製であり、本来中国皇帝のものだったのだから返還せよ、などとケチなことは言わず、皇帝がくれてやった以上、後生大事に取っておけ、という大人の態度なのだから、まあうやうやしく展示して、ありがたがっていれば、それで良いのだろうとは思う。
その「倭」というものが何であり、それが現在の「日本国」とどんな関係にあるのか、というのは、いまだにきちんと合意形成のされていない「謎」とされている。この「倭」が何者か、というのは、これも当ブログではしばしば言及しているので、私の個人的な意見をご存知の方はご存知であろうが、玄界灘から東シナ海一帯の海岸に定住し、海洋活動(水産業とか貿易業、時には海賊業)に従事した人々、という風に思っている。
彼らの活動内容を特定することが困難なのは、彼らが文字によるテキストを残さなかったからである。そして、彼らについて記述したのは、文字によって東アジアに覇権を確保した中華国家であり、「漢」もそのひとつだった。
あらためてこの金印の文字を見ると、そこに並んでいるのは「委」であり「奴」である。「倭」ではまだ「にんべん」があったのに、それすら省略されている。いやいやもう少しめでたい、ゴージャスな漢字くらいいくらでもあるだろうよ、と思えるが、こんな文字列の金印を頂戴した「国王」は、ありがたくこれを押し頂いたのであろう。私の推定では、この国王は文字が読めなかっただろうから、そこにどんな文字が書かれていようと、そんなのは関係なく、光り輝く黄金製で、なにやら文字が書かれているから、その文字には一種の超越的なパワーが宿っている、と考えたのだと思う。
これが、当時日本と中国との間に国交があった証拠です、みたいなことを小学校の先生は教えるのだが、それは本当なのだろうか。仮に、この金印が、実は宮中に長く保管されていて、今でも宮内庁が御物として管理している、というなら、まだしも納得できるのだが、これは福岡県の志賀島という島で地元の百姓が発見したものである。それで福岡藩主の黒田家の所蔵になった、という経緯がある。
なぜ、これほどのものが島の地下に埋められていたのかと言うと、自分の素朴な推定としては、誰かから攻撃を受けてその所有者は自分の持ち物を秘匿する必要性を感じ、目立たない場所に隠しておいたのだが、その支配者(すなわち国王の子孫だが)一族は滅ぼされ、この金印の在り処を知る者は、二度とこれを掘り出すことができなくなってしまったのだと思う。
では、一体誰が「漢委奴国王」一族を滅ぼしたのだろうか。
おそらく彼らの敵こそが、現在「日本国」という国家を建国するに至っている日本人なのだろうと思う。そして、誰か隣人を滅ぼした時に、その宝物を奪い取り、それを勝利国の「国宝」にしてしまうのは、世界史の常識とも言える普通の出来事である。もしも、元の所有者一族がいまだに生き残っていて、主権国家を樹立していれば、もともとその金印は、自分たちが「漢」の皇帝からもらったものなのだから返還しろ、と言って来るところだろうが、「倭」という権力を継承する国家はどこにもなく、むしろ、日本が「倭」の後継である、と日本国の歴史教科書には書かれている。
ものは言いようであるし、歴史認識というのは、自分がどの偏見を採用するか、ということを意味するに過ぎないのだから、それはそれで問題のないところだろう。
しかし、歴史の記憶というのは、時として、現実を変える原動力になることもあって、こういうことも妄想としては、あり得るのではないか、という気がする。
東シナ海から玄界灘にまで至る海洋部族は、文字も持たず、硬直した身分制度も持たなかった(このふたつは連動していて、文字がなければどうしてもその社会の権力構造はフラットになるから、身分制度はできにくい)ということが考えられる。そうして、彼らは海に出れば最強であるし、陸上の軍隊と戦う場合でも、単なる略奪程度なら得意なのだが、たとえば食糧や武器のロジスティックスなどが十分ではないから、やはり最終的には、陸上の国家によって滅亡させられることになっただろう。
それでも、かつての栄光を密かに守り伝える王統などがあって、いつかは陸上の権力と戦い、独自の王国を復活させようと考えているかも知れない。そこで、彼らは自らの国王としての正統性を証明する「漢委奴国王印」を日本国の博物館から盗み出し、「倭国」の独立を宣言する、ということが起こるかも知れない。これは、西方における「イスラム国」の独立宣言と呼応するものであって、陸上側の国家からはテロリストと呼ばれることになる。
彼らは、とりあえず、国家としての独立を果たすために資金が必要であり、得意な分野である海賊行為で蓄財をする。そして、最近では高値で取引されるサンゴに目を付け、小笠原諸島近海に出没して、サンゴを密漁しては、資金を蓄える。
必要な資金さえ蓄えれば、あとは失った金印さえ取り戻せば良い、ということになって、彼らは上野公園に出現し、金印を奪還するのであった・・・というような話はまったくのデマであって、もし万一、そんなことが起こった場合でも、名探偵明智小五郎が登場すれば、事件はたちどころに解決するはずである。

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