北朝鮮の拉致問題に向けては、平壌で直接責任者から聞いてくれ、と北京で言われ、今回平壌に行ってみたら、本当に今回の特別調査委員会委員長である国家安全保衛部副部長の徐大河氏およびその直属の部下たちが軍服姿で登場して、日本のニュース番組にもその映像が流れた。
どうにも日本のニュース番組というのは、メディア向けに公開された情報をただ垂れ流す、という御用報道でしかなく、およそ分析とか考察とかいうものが何もない。もし、これが大学の演習問題とかだったら、あまりのツッコミの貧弱さに教授から大目玉を喰らうところだろう。
(まあ、実情は良く把握しているのだが、拉致被害者に対する人権という問題などもあるので、わざとメディアは何も分かっていないフリをしているのだ、という風に理解しておくのが、ここのところは穏便なのかも知れないが。)
ともかく、何の分析もされない以上、自分で分析せざるを得ないので、こちらもそんなに情報を持っている訳ではないのだが、憶測を試みてみよう。
まず、国家安全保衛部のメンバーが直接外国の代表と面談する、という異様なことが何故起こっているのか、という素朴な疑問から解決されなければならない。
これは、では、今までは誰が対外関係を取り仕切って来たのか、という問題を解くことと同じだ。表面的に誰が外国の要人と会うにせよ、それを長い間取り仕切っていたのは、昨年12月に粛清されたとされる張成沢氏だっただろう。
それで、では張氏粛清後、誰が対外窓口になったのか、という問いに対する回答が、今回の徐氏の外交デビューだった、と見るのが順当なのではないだろうか。国家安全保衛部については、張氏粛清を実行した、という具合に説明されている。そこに至るまでの歴史は、これもあまりメディアでは報道されていないが、張氏の勢力が強大だった時代、国家安全保衛部の首脳部が事故死や自殺によって次々に命を落として来たことが知られている。
選挙や投票によって権力を奪取する、という民主主義が存在しない国家では、政敵を殺害する、あるいは何らかの言いがかりをつけて失脚させる、という手法が取られる。ソ連時代のロシアがそうであり、中国でも北朝鮮でも、まったく同じ手法が取られる訳である。中国の国家主席の座に習近平氏が就くためには、政敵である薄熙来氏とその勢力の失脚が必要条件だった。
そういう権力奪取のために活用されるべき機関が闇の組織であり、北朝鮮の場合で言えば、この国家安全保衛部だった。張氏が政敵を倒すために利用したであろうこの組織、もちろん権力中枢に対する忠誠心の高い人々によって構成されていると思うが、おそらく張氏による権力行使の実態を最も良く知るのも彼らであった。張氏が彼らをうまく利用し、彼らに相応の利権を与えていれば事態はもっと穏便だっただろうと思う。しかし、おそらく張氏の権力欲、あるいは自分に対する過信が強大過ぎて、国家安全保衛部自体の人事権を自分で操作するようになったものと思われる。すなわち、自分の子飼いを育てて、ボスを倒すように仕向ける、というようなことがあったであろう。
組織というのは、どんな組織でも自己防衛をする。権力体制や命令系統がどうであっても、組織は自分たちの内部論理を破壊させるような動きをする者は敵とみなして、それと戦う。一種の自衛権の発動である。
かくして、自分たちの名目上の上司である張氏は、彼らの内部論理を破壊する敵と見なされ、彼らは密かに金正恩第一書記の内諾を得て、張氏を抹殺する一種のクーデタを実施したのだろう。
では、金正恩氏を支えて、今後、国家の諸問題を解決しなければならないのは誰なのか、ということになった場合、張氏を葬り去った国家安全保衛部は、自らがカラダを張って国家の枢要な問題に取り組まざるを得なくなった、と見るべきだろうと思う。
この構造は、ロシアの再建に成功したのが、KGB出身のプーチン大統領だった、という事実に似ている。隠然たる存在として権力操作して来た者が、ついに陽の目を見て、自ら権力者としての正統性を身にまとって登場するようになったのである。
では、彼らの実力のほどはどうなのか。
それはもう、今回の日本国外務省の局長以下との会談で、いくらかは知られることになるであろう。これは交渉である以上、何を譲って何を得るのか、ということがテーマである。そして良い交渉者とは、より多くの果実を得られる交渉者のことを言う。多くの果実を得るためには、多くのネタを相手側に提供しなければならない。拉致問題は、彼らが自分で実行して来たのであるから、それをどこまで公表し、何を譲るのかも、彼ら自身で決められることである。
張成沢氏粛清からほぼ1年。北朝鮮は、新たな権力構造を築きつつある、と見ることができる。国内の勢力争いに勝利した、という安心感がなければ、徐氏が海外メディアの前に登場することはなかっただろう。
そこにあるのは、ただ単に拉致問題をどう解決するか、ということだけではない。日本の安全保障上のおそらく最大の懸念である北朝鮮とどのように外交関係を樹立できるのか、というテーマがそのすぐ裏側に貼り付いている。そして、日本と北朝鮮との関係が改善すれば、それはただちに北朝鮮と韓国との間の関係に反映する。もし北朝鮮が日本をバックに付けることができれば、韓国との統一、あるいは連合を実行する場合に、当然有利に働くことになるだろう。幸いにも(?)韓国朴政権と日本安倍政権との関係は最悪と言って良い状況にある。動くとすれば今しかない。拉致被害者家族も老齢化して、待ったなしのタイミングだ。
様々に裏工作をして来て、戦略の立案についてはプロである国家安全保衛部、こうしてカメラのフラッシュを浴びて、何を繰り出すのか、もうそのシナリオは練られているだろう。プロ野球日本シリーズと並んでこの平壌シリーズの方も、見逃せない展開となって来ている。

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