エジプトで大規模デモが発生し、政府は内閣のクビを挿げ替えて延命しようとしているが、反政府側からは、IAEAの前事務局長だったエルバラダイ氏が出て来て、民主化推進派の旗頭になろうとしている。
30年間も政権の座にあって、もはや賞味期限もこれまで、と欧米筋から見限られたムバラク大統領政権も、そろそろ終焉ということになるのだろう。アメリカのオバマ大統領はいち早く民主化勢力にエールを送っているが、これは自ら描いたシナリオがきちんと成功するように、声援をしているものと思われる。
エルバラダイ氏というのは、エジプトの外交官だったが、IAEAに入り、そこでキャリアを積んで事務局長にまで上り詰めた国際公務員のエリートである。IAEAと言えば、原子力の平和利用を推進するための国際機関とされるが、結局は、原子力兵器を既に持っている諸国が、それ以外の諸国にはそれを持たせないようにするのが任務なのだから、特にアメリカの意向が強い組織だろう。エルバラダイ氏は、IAEAの代表者として、その平和に対する貢献によって2005年にノーベル平和賞を受賞している。すなわち、ノーベル平和賞の受賞者としては、バラク・オバマ大統領の4年先輩に当たる訳だ。
だがしかし、彼本人がノーベル賞に相応しい種類の世界的な「偉人」なのかというと、むしろ能吏として、その組織を運営して来ただけとしか思えない。彼の後を引き継いでいるのが日本人外交官だった天野之弥氏だが、彼は、昨年12月のウィキリークス漏洩情報によると、IAEAの運営は断固アメリカ側に立って行う、とアメリカに対して忠誠を誓っている。おそらく、それは前任者であるエルバラダイ氏も同様だったのであり、彼がアメリカ政府の傀儡であることは、隠しようがない事実であろう。
問題は、そういうアメリカ主導の政変をエジプト国民が本当に支持するのか、という点である。世界で最も古い文明のひとつであるエジプトが、世界で最も新しい文明をつくったアメリカと協調するのは、おそらく非常に良い選択であると思うが、不確定要素のひとつが、アラブ世界に深く根を張ったイスラム原理主義で、イランから放たれた密命を帯びた工作員が多数エジプトで活動していることも間違いないことだろう。
表面上は、ムバラクvsエルバラダイかも知れないが、ここでもアメリカとイランとの間の暗闘が戦われているものと思う。エジプトは、観光によって立つ国であり、欧米から多くの観光客を受け入れている。その点、一般に閉鎖的なイスラム諸国とは様相を異にする。また、その文明はモハマッドよりも遥かに古くからあるので、彼が命じた禁酒もここではほとんど守られず、自国産のビールが堂々と売られてもいる。キリスト教、あるいは原始キリスト教のひとつであるコプト教徒も相当数いるので、単純にエジプト人をイスラムと見ることもできない。
今はどうなっているのか分からないが、自分がこの国の役所向けに営業をしていた30年くらい前は、イスラムの休日である金曜日の他、キリスト教徒の場合は日曜日も午前中は休み、というルールだった。彼らの勤務時間は、長い昼休みの後、夕方頃から午後の仕事時間になるので、午前休みと言っても、礼拝に出るには十分過ぎるしっかりした休みとなる。また、サウジアラビアのような厳格なイスラム圏と付き合うことが多かった自分が、エジプト人にその宗教観を聴いてみると、多様性を保障することが重要であり、エジプトは近隣諸国への良い見本なのだ、という自慢をする者が多かった。
そういう多様性を重視するエジプト人が、この混乱期に、最も良い選択をすることを自分は期待している。

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