ギタークラフトの諺に「不利を有利に転じよ」というものがある。この日のコンサートは正にそれを実践したものだったと言える。
その前年、約11年ぶりに復活した「リーグ・オブ・クラフティ・ギタリスツ」だった。その夏、バルセロナ近郊で数本のウオーム・アップ・ギグ、TV&ラジオ出演を経て、バルセロナでは人気のダンス・ホール/クラブ、「ラ・パロマ」でのワンマン・コンサートに臨んだ。
さて、我々リーグ一行は16時前に現場に到着し、2時間ほどでサウンドチェックを済ませたところ、会場音響担当者がやって来てこう言ったのだ。
「リーグの前はダンス・タイムなので別のバンドが演奏します。機材を全てハケて下さい。バンドは20時には終了するので、それから再セットアップを行って下さい。」
我々は、驚きのあまり呆然となった。タダでさえトラブルの多い大所帯(10人編成)である。2時間近くかけてトラブルに対処しつつ音決めを行なったのに、全てバラして本番前にまた組み直せとはどういうことだ。どう考えても、たったの一時間でそれら全てをやり直すのは不可能である。さらにはダンス・バンドの片付けも待たねばならない。しかし、そればかりはどうしようもないので会場側に従うことにした。
食事を済ませ会場に戻ってみると、そこはダンス・ホールと化していた。金曜の夜だったからか大いに盛り上がり、結局ダンス・バンドの終演は20分位遅れてしまった。バンド機材をハケおわったのは20時45分頃だった。どう考えても開場の21時には間に合わない。そこでサウンドチェックが終わるまで開場しないようにと会場側に伝えた。ダンス客を追い出してる間、音響エンジニアは大慌てで再セットアップを開始した。きっと尻に火がついた思いでセッティングしていたに違いないのだが、楽屋ではもっと恐ろしいことが起こっていた。
メンバーの一人が急に気分が悪くなり、本番はどう考えても無理ということになったのだ。結局救急車を呼び、残った9人編成で本番を行なうことにした。
大慌てでセットリストをチェック、彼なしでできない曲は何かを確かめた。ほとんどの曲は何とか出来そうだったのだが、サーキュレーション(音符を一音ずつメンバーに割り当て、順番に演奏する)を使う一曲は断念した。もう一曲は急遽再アレンジすることになった。ZUMでもやっている「ザ・ウィップ」と言う曲で、曲半ばにコード・サーキュレーションが挟まれる。一人足りないので、全員に違う音が、それも違うタイミングで割り当てられることになったのだ。リハーサルしたものの覚束無い。さらにサーキュレーション最後はキメのコードを全員で「ジャーン」と鳴らすわけだが、どうしてもタイミングが合わない。仕方なくリーダー、エルナンの合図で鳴らそうということになった。
さて、やっとステージの準備が整い、再サウンドチェックを開始した。しかし、しばらくするとどういうわけか、突然大勢の人達が会場に入ってきた。どうやら我々の指示を待たずに会場側が勝手に開場してしまったらしい。
リーダーのエルナンは、顔面引きつりながらこう言った。「一体これはどうしたことだ・・・。もう我々はここから逃げることは出来ない。これは既にショーなのだ!・・・なんとかしなくては・・・。よし、インプロヴィゼーション(即興演奏)だ。」
かくしてサウンドチェックからそのまま本番に突入した。
不幸中の幸いだったのは、我々は既にステージ衣装に着替えていたことである。ダンスバンドが押し、再サウンドチェック後に着替える余裕がないと判断したエルナンの機転により、全員既に着替えを済ませていたのだ。
予想外の展開に驚いたものの、危機に瀕したせいでメンバー全員非常に集中し、コンサート自体は非常に素晴らしいものになった。普段以上にみんなの気持ちに一体感が生まれ、お互いがサポートしあうようになった。演奏もいつも以上にタイトになり、さらに強弱・抑揚の加減も良くなった。
そして件の「ザ・ウィップ」になった。慣れないアレンジだったが、皆うまくサーキュレーションをキメたのだ。しかし嬉しさに我を忘れた自分は、エルナンの合図を待たずに普段通りのタイミングで最後のコードをヒットしてしまった。
「ジャ〜・・・ン・・・。」
自分以外の誰も弾いていない。ハイライトとなるはずのコードは虚しく消えていった。
すかさず機転をきかせたエルナンは、即興で何やら弾き始めた。自分も何食わぬ顔で加わり、結局無事にコンサートを大成功のうちに終えることが出来た。
しかし、あの瞬間こちらを見たエルナンの目は間違いなくこう言っていた。
「お前、殺す・・・。」
どこかにあの日のテープが残っているはずだが、いつか聞いてみたいものである。

(これはその2年後、ZUM単独でラ・パロマに出演したときのもの。そのギタリストはエルナンに殺されなかったようだ・・・。)

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