明日は岡山オリエント美術館で詩人たちの朗読の会がある。最初は飛び入りで、一昨年からはメンバーとして私も参加している。そして「てのひらの義眼」「架空の動物園・飯田良祐の死」とつづき、今回の「葬儀屋の女」は、江口ちかるの掌編「川柳物語」の引用と私の川柳で構成したもの。
川柳朗読「葬儀屋の女」―文・江口ちかる 川柳・石部明―
鎌を研ぐみな夕顔になりすまし
ラジオより流れる呪文死になさい
光りつつあなた静かに腐乱せよ
よろめいてまた銀河より死者ひとり
女は葬儀屋だった。
どこの生まれか、いったいいくつなのか、今まで何をしてきたのか・・。誰も女について知らなかった。ふらりと現われ、しばらく安ホテルに滞在したあとで、女は村にひとつきりの葬儀屋を買い取った。
遺体を横たえた部屋で、女はひとり、仕事をした。
淡々と、ときには悪意を込めて、死出の化粧を施した。
死んでいる馬の胴体青芒
体臭は消すに消せない稲光り
百合に似て精霊の息なま臭し
顔にかけられた布をめくるとき、死者の想いが女を照らした。
安らかなもの、悔いて歯がみをするもの、すでに虚ろだったもの。
そして待ちこがれた遺体が今、女の前にあった。
死亡推定時間は鶴ということに
土中より顎あらわれて月へ急ぐ
横抱きにされて月下の黒い瘤
たましいを抜かれる雨の理髪店
ずっと女を拒み続けた男。
とんでもない女たらしのくせに、女の実の妹だけは大切にした男。妹に引き合わせされたときから女は男に恋をした。言いよっては袖にされた。他の女とは遊んでいたというのに。男のたった一つの道徳心が、愛した女の姉には手を出さないことだったとは。それは妹の死後も変わらなかった。心の中で女は、幾たびも男を殺した。
かさぶたを剥がしてみれば曲馬団
脱臼して鳥は巨大なガーゼです
男は腕のない詐欺師だった。しじゅうトラブルを抱えた挙句、刺されて、運ばれた病院で、やっかいな病が見つかった。手遅れだった。生まれた村へ引き取られた男を、女はこっそりと追った。
水鳥の顔も苦しむ鏡の間
座布団の上は篠突く雨であり
月光を骨董屋から運び出す
鳥の顔してくらがりの鳥になる
着いたばかりの村で男と行きあった。車椅子を操る男の視線が女の顔を撫で、通り過ぎた。男は女を忘れていた。女は呪詛の言葉を吐いた。
てのひらに蝶をころした痕があり
見たことのない猫がいる枕元
しわがれた声して死者のいる都
死に損ないの酔っ払いめ。
おまえなんか、もう昔のおまえじゃない。
だが女は男を忘れられなかった。
生きている男が手に入らないのなら、死んだ男を自分の手の内にすればいい。
女は葬儀屋になった。
女は今、男の遺体と対峙していた。
他には誰もいない。
女の指が顔にかけられた布を返した。
吹雪いていた。
男は激しい吹雪と化していた。
死に顔の布をめくればまた吹雪
死んでまだ何をこの男は・・・。
この男を愛しいと思った。
だいじょうぶ、お前は私のものなのだ。私が眠らせてやるのだ。鎮まりなさい。
だがいくら宥めようとしても吹雪は収まらない。
それどころか、吹雪は触れようとする女の指をつめたくすらしなかった。
死んでなお男の紡ぐ物語は女とは無縁のところで吹いていた。
暗くして鳥が見ている死化粧
全身にもらってしまう月の痣
昨日まで階段だったと言い張る梔子
舌の形を見せあう月といもうとと
梯子にも轢死体にもなれる春
死ぬということうつくしい連結器
縊死の木か猫かしばらくわからない
会場・オリエント美術館(岡山駅から路面電車「東山行」に乗り、「城下」下車、徒歩3分)。時間・午後2時より。
お待ちしています。
http://www.city.okayama.jp/orientmuseum/

6