早朝の露天風呂で真っ裸の数人の男が海を見ながらにぎやかに騒いでいる。「どうしたんですか。何かあったんですか」と近づく私に一人が振り返り、「雪ですよ。ごらんなさい。海に雪が降っているでしょう」。まだ明けきらぬ空から、雪は舞いながら降り海に消えてゆく。確かにうつくしい景色だが大騒ぎするほどのことでもなかろうに、裸のおじさんたちが少年のようにはしゃぐのは、ホテルの大きな露天風呂という非日常から眺める景色に興奮しているようであった。私は「きれいですけど風邪をひきますよ」と声をかけて浴場へ戻った。
9時から始まる会議にはまだ時間がある。朝食を済ませて、コーヒーをすすりながら、吉村昭の短編『梅の蕾』を読んだ。
「海に突き出た左方の岬の根には、砕け散る白い波が見えたり消えたりしている。岬は、雪の白さにおおわれていた。昨夜から初雪が降り、今日の正午前にはやんだが、村は雪一色になった。やがて雲が切れて青空がのぞき、海は陽光に明るくかがやいている。」(「梅の蕾」より)

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