時実新子はいつもぎりぎりの女性心理のアヤを句にしていたわけではない。
洗面器思い直してべこと鳴る 新子
生や死や、いのちやたましいといった根源的な視点で書かれた句ではないが、常に刃物のように研ぎ澄ました言葉で、倒すか倒されるかの位置で書き続けている新子の、この隙だらけの自然体が新鮮であり、「べこと鳴る」は、昔のアルミかブリキの洗面器を思い出すが、悪戯っぽくて若やいだ句仕立てである。
少し年配の者なら懐かしい記憶に残しているはずだが、ブリキの洗面器に出来たへこみが、間をおいてペコンと戻ったりすることがあり、その何気ないおかしさを「思い直して」と捉え、それに作者の感情をかさねて見せた句であろう。

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