かげろうの中のいもうと失禁す 明
私には妹が一人いる。中学生の頃には歳のはなれた妹を背におんぶしてよく遊んだし、
どこに出かけるのにもまとわりついて離れなかった。ところかまわず「オニイちゃんおしっこ」という度に、パンツをおろし、両腕に支えてさせてやる。「でたか?」「うん・・でた」。ときたまそれを女生徒たちがくすく笑いながら通り過ぎるのは何とも恥ずかしかったが、私にとって妹はかけがえのない、いとおしい存在だった。
しかし、成長するにつれ、特に10年あまり家を出ていた私と妹はなんとなく感情のソリがあわないまま次第に疎遠になっていった。
その妹が一週間前に入院の知らせがあったが私は覗いていない。気をもんだ妻はときどき見舞いに行っているようだし、「行ってやってくれ」と頼みもしたが、とんな顔をしていいのがつい尻込みをしてはまう。しかし、今日11時に手術室に入った。順調に行けば6時間前後、手間取れば10時間に及ぶ手術になるという。
妻にせかされて、やっと病室を覗いた私に妹はおどろき、無言のまま目をみはった。「たいした手術やあらへん」と10年ぶりの手を握る私に、妹は、ン・・と頷きながら握りかえしてきた。
オシッコをさせてやった、あの頃の風景のなかに私も妹も溶け込んでいた。

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