私の川柳教室に男が訪ねてきたという。川柳を始めたいというのなら事務局は私に連絡するまでもなく、受講手続きをすればいい。しかし、その男の用件は少々変わっていて、思い余って私に連絡をしてきたらしい。
元気なうちに墓を建てておきたい。ついては墓碑銘として川柳を一句刻みたい。勿論、川柳などやったこともないし、少し勉強させて欲しい。ついては直接講師にお目にかかれないかと言う。あつかましい申し出だと思ったが電話で話してみるとダミ声だが話しの筋は通っている。早速新聞社の喫茶店においでをいただくことにした。
現れた男は鳥打帽にひげ面の大男で、失礼ながら川柳とか文芸に興味を持つタイプとは思えなかったが、60がらみで背筋をピンと張った、何か事業の成功者としての風格を漂わせていた。案の定、20代で事業を志し、脱サラして焼き鳥屋を始め、独特の料理法を編み出し、今では本店と二つの支店を持ち、繁盛しているとのこと。
しかし、調子に乗ってこれ以上拡張すると痛い目にあうのは必定。もう後は子どもたちにまかせて、これからは事業をはなれて自分の人生を作りたいと言うことであった。
そんな矢先、本屋で『遺言川柳』という本を見つけたが、これが滅法面白い。で、墓碑銘に川柳を・・ということになったという(そんな本があったのか)。
だが私は教室への入校はお断りした。
人物に不足があったわけではない。だが、その男のもつダイナミズムが教室には合わない。おそらくは私もその男も戸惑いながら結局は挫折するに違いないと思ったからである。
そのことを率直にお話し、しかし、もし勉強したいとお思いなら、575になろうがなるまいが、自由に書いたものをFAXしてください。少なくとも墓碑銘に刻む一句ができるまではお手伝いしましょうと言って別れた。
うなずいてくれた男に私の気持は伝わったらしい。久し振りにいい話をさせていただけたと男はいい、私は久し振りに「男」と話した気分であった。

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