全国各地では数え切れないほど大会があり、入選句は活字になり、特選句などにはなんらかの顕彰がされる。だが入選率約30%として、あとの70%はボツ句として闇に葬り去られてしまう。別の選者なら輝かしい特選になるかも知れない句も、入選になる可能性を秘めた句も、すべてボツ句として処理されてしまう。勿体無いことであり、大げさに言えば浪費文化の象徴でもある。
ある大会では一題を二人で選をする。たとえば私の選ともう一人の選の入選句が80%違うこともある。しかし、それは選者の質の違い、感性の違いとして違和感を持たれることはまずない。本当はこの違いを討論することが習慣化しなければ二人選の本当の意味は棚上げされたまま、アトラクションとし終わってしまうのではないか。
ボツ句を公開するとか、ボツ句をまな板に乗せ討論するとか・・選者は困るだろうか。いや、困っても一度はやってみたいものだ。・・・で、いちばん赤恥かかされるのが私だったりして・・・。
暗がりの馬かボツ句かにじり寄る 明

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