赤鬼の侠気

2018/9/25 | 投稿者: 鹿苑院



関ヶ原で自分の死因となる鉄砲傷を負わされたにも関わらず、井伊直政が島津家の赦免のために活動したのは事実である。敵中突破の勇猛ぶりを絶賛していたといい、敵ながらあっぱれと感じ入る所があったのだろう。

なお、井伊直政を撃った柏木源藤はこの直政の態度を見て大いに悔いたようで、直政の訃報を聞くと出家遁世してしまった。源藤のために慰めを言うなら、戦場でのことだからなにも恥じることも悔いることもないと思うのだが…。
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