「人それぞれ」という逃げ口上

2018/6/7 | 投稿者: 鹿苑院

日常的によく出てくるが、実は嫌いな言葉がいくつかある。「人それぞれ」もその一つである。なんだか思考停止というか、考えるのをめんどくさがっている人が使う逃げ口上に思えるからだ。

「人それぞれ」という言葉は、意見の多様性を認めようという建設的な素晴らしい目的で使われることはほぼなく、だいたいは話の中で自分の立場が悪くなった時に自分の面子をつぶさず話を打ち切るために使用される。
なんであれ人それぞれなのは改めて言われるまでもないごく当たり前な、だからこそ反論しにくい言葉で、これを聞くと寅さんじゃないが「それを言っちゃあおしめえよ」と言いたくなる。

思い出深いのは、「麻薬が違法なら酒が合法になる理由が何も無い」という僕の持論を聞いた友人がこの言葉を使った時である。
酒に酔っぱらって他人に暴力をふるったり迷惑をかけたりするのは麻薬で幻想・幻覚を見て他人を害するのと何も変わらない。ゆえに…という論なのだが、それに対して彼は酔っぱらったからといって人を殴るやつばかりじゃないから人それぞれじゃないか、と言ったわけである。
ああこいつはこの議論がめんどくさくなってるんだな、と思いやってそれ以上は追及するのをやめたが、ここで書かせてもらうなら、麻薬も吸ったり注射したからといって幻覚で人を殴るやつばっかりじゃないから「人それぞれ」というマジックワードを使えば麻薬は合法になる。

殺人だって殺される側の方がひどい奴かもしれないから「人それぞれ」という言葉で殺人を合法にできるかもしれないし、その他窃盗、恐喝、詐欺…等々、「人それぞれ」ならあらゆる悪事が正当化される余地ができて取り締まる根拠が失われるし、反対に何の罪もない行為でも人それぞれ論を使えば犯罪にできるかもしれない。

結論。「人それぞれ」を濫用するやつは自分の頭で考えるのが苦手なアホである。
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