崖山と壇ノ浦

2017/7/31 | 投稿者: 鹿苑院

南宋最後の皇帝・祥興帝は8歳で死んだ。むろん平穏な死ではない。迫る元軍に追い詰められての死である。
元はモンゴルなので陸上騎馬戦闘は得意だが海戦は不得手である。南宋が元に対抗できるポイントがあるとすればそこだけだったが、時勢の流れというものはそういう小さなことでは挽回できないものらしく、皮肉にもその海戦(崖山の戦い)の決定的敗北によって南宋は滅ぶ。

敗戦が覆えなくなると祥興帝は宰相・陸秀夫に抱かれて入水しその短い生涯を終えたのだが、この情景は何かに似ているとは思わないだろうか。そう、壇ノ浦での平家の滅亡にそっくりである。有利なはずの海戦に負け、幼帝が保護者に抱かれて入水する図式が驚くほど似ている(安徳天皇は二位の尼に抱かれて入水した)。

歴史というものは時々こういう偶然を見せるものらしいが、それぞれの戦いの勝利者である元と鎌倉幕府もやがて干戈を交えることとなる。
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