広島紀行 〜宮島焼編〜

2015/2/20 | 投稿者: 鹿苑院

この旅は陶磁器を目的にしていたわけではない。それなら萩に行っていたことだろう。そういうことはまったく期待していなかったし、広島の焼物など聞いたこともなかった。それだけに宮島焼に出会ったときはまだ見ぬ強豪を発掘したような喜びがあった。

厳島に渡るフェリー乗り場のすぐそばに宮島焼の窯元がある。ぶらりと覗いてみて、それがあまりにオレ好みの風合いなのですぐ気に入った。

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驚くほど萩焼に似ている。オレごときの目利きではこれを萩焼ですと言われて出されたら一も二もなく信じ込んでしまうことだろう。事実、萩焼の影響も受けているらしい。毛利家は安芸から長門に移ったのに、作陶技術は長門から安芸に伝わってきたというのがなんか面白い。

枇杷色の小ぶりの湯呑が欲しいと思っていたところで、どう探しても頃合いの物がなかったのに意図しない所で偶然見付かったのだから気に入り様がひとしおである。少し釉薬にムラがある廉価品でなんと432円だったが、工業製品的に同じ顔をした物よりその個性がむしろ好もしい。わびの精神にも適っている。

古来、厳島周辺の人々は旅に出る時、厳島の砂をお守りとして持ち、無事に辿り着いたらその土地の砂と混ぜて、帰着後厳島に返すという習慣があったらしい。宮島焼はその縁起物の厳島の砂を陶土に混ぜて焼いている。むろん目に見えるほどではない。
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