2020/12/17 | 投稿者: 鹿苑院

アホ映画である。『沈黙─サイレンス─』を見た翌日なので落差が凄い。
かつて、『竜馬におまかせ!』というアホ時代劇があり、僕は好きだったが武田鉄矢は激怒したという。あれを面白いと思える人は『新解釈 三国志』も見るといいし、腹が立つ人は見ない方がいい。
コメディというものはまったくのオリジナルなら誰も文句を言わないが、歴史が題材だとそれに思い入れがある人が必ず怒るものである。そういう意味で勇気のある作品だと言っていい。

ま、僕は好きです。
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2020/12/17 | 投稿者: 鹿苑院

遠藤周作原作の、隠れキリシタン弾圧を描いた映画。9月に録画したものを昨日見た。

ポルトガル人であるはずの主人公どころか、日本人の幕吏、貧しい農民までが英語で会話しているのがアメリカ映画らしい大雑把さだが、そこを厳密にやるとただでさえ2時間40分もある映画がもっと長くなってしまうのでそれはまあいい。
遠藤周作がキリスト教徒であることからして、キリシタンが善玉、取り締まる幕吏が悪玉という構図かと思っていたがそうではなかった事を高く評価したい。なにしろタイトルの『沈黙』とは、苛烈な迫害を受けているキリシタンの苦難に対してなぜ神は助けに来ず、知らん顔をして沈黙しているのかという意味だ。

キリシタン・幕吏、双方の言い分を丁寧に描写しているのが良かった。僕はキリスト教が嫌いなので、幕吏の言い分の方が真っ当に聞こえた。
それに、意外な事だが幕吏のキリシタン取り締りは「何がなんでもキリシタンは死刑」というものではない。棄教を宣すれば無罪放免にしてくれるし、踏み絵に至っては「本当はこっちだってこんな物はどうでもいいのだ。絵ぐらい踏んだって信心に影響はなかろう。かする程度でもいいからとにかく踏んでくれ」と親切にすら見える態度でキリシタンを説得している。処刑する時も「何度見ても嫌なものだ」とこぼしている。残忍に殺戮を楽しんでいるわけでは断じてない。
翻って、日本では迫害されていたカトリックは中南米で何をしていただろう。「異教徒だから」という理由で原住民を山ほど殺しインカ帝国を滅ぼしているではないか。十字軍はイスラム教徒を殺しまくっているし、ヨーロッパ本土では同じキリスト教徒でもプロテスタントをやはり片っ端から殺している。長崎の隠れキリシタン弾圧を盾に被害者面をする資格がカトリックにあるはずもない。

映画が良かったので書店で原作を買った。近いうちに読みたい。
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2020/12/4 | 投稿者: 鹿苑院

浄土宗二祖・弁長上人の誕生はかなりの難産だった。なにしろ母はこの出産で命を落としているほどである。
この故事から、彼の活動拠点だった久留米の善導寺は安産祈願の寺とされている。この事は浄土真宗育ちの僕にはちょっとした驚きである。

善導寺は場末の寂れ寺などではない。芝の増上寺や黒谷の金戒光明寺と肩を並べる、浄土宗七大本山の堂々たる一角である。
これがもし浄土真宗なら、別院クラスの大寺がいかにその寺ゆかりの高僧にエピソードがあったとしても現世祈願の寺になど絶対ならないだろうし、なったとしたら本山から破門されるほどの騒ぎになるだろう。

では仏教としてこれは容認できるのかと言えば、結論から言ってできる。何故なら釈尊その人が弟子に命じて安産の祈祷をさせたことがあるからだ。
命じられた弟子はアングリマーラである。彼は辻斬りだったが、標的にした釈尊の威に打たれて改心し弟子となった。
そのアングリマーラが街を托鉢していると、難産で苦しんでいる女性に出会った。すぐに戻り釈尊にその話をすると、
「おまえ、今すぐその女性の所に言って、『私は今まで人を殺めた事がないからその功徳によって無事に出産させたまえ』と祈ってやれ」
「すいません師匠、私は元辻斬りなんで、結構たくさん人殺してるんですけど…」
「あ、そうだった。じゃあ『出家してからは一度も人を殺めた事がない』に言い換えればいけるだろ」
というやり取りの結果、アングリマーラは言われた通りの祈祷を行い、出産は無事に終わった。

してみると、本来の仏教に現世祈願は無いというわけでは必ずしもないという事がわかる。この事はよく味わってみる価値のある話である。
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