2020/11/19 | 投稿者: 鹿苑院

明智光秀の妹または義妹に御ツマキ殿という女性がいたようである。
興福寺と東大寺の諍いを仲裁するよう信長に頼んでいたり、公卿が信長に献上品を出す時に彼女にも帯をあげたりしていることから、なかなかの地位にいた人らしい。

どう考えても「ツマキ」は「妻木」だろう。光秀の正室煕子の実家の姓である。であれば、煕子の妹と考えるのが自然である。
(どうしても光秀の実妹という説にこだわりたいなら、煕子と交換で妻木家に嫁いだ妹がいたとしたら「御ツマキ殿」という呼称になってもおかしくないが)。

煕子の妹といえばひとつのエピソードが思い浮かぶ。痘瘡で顔にあばたができた煕子の代わりに父が嫁がせたが、それに気が付いた光秀が断って約束通り煕子を嫁にもらったという話である。御ツマキ殿はその時の妹のことではないか?
そのエピソードでしか語られることがほとんどなかった彼女が、実は知られざる活躍をしていたと想像すると面白い。
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