2020/10/23 | 投稿者: 鹿苑院

湛如上人は西本願寺16世法主である。寛保元年の彼の死は表向き、病死ということになっている。しかし、西本願寺の茶道指南を代々務める薮内流の記録には決して愉快ではない異説が記されている。

湛如上人が病臥していたのは事実である。
彼の奥方(本願寺では裏方という)は皇族の閑院宮家の出身であった。この裏方とその実家が、上人の病気平癒の祈祷をした。
困ったのは本願寺だ。浄土真宗は今でも神祇不拝、祈祷の否定を頑なにしており、わずか十年ばかり前にも築地本願寺の参拝記念ノートに願い事ばかり書かれているので真宗にふさわしくないと撤去したぐらいに現世の祈りというものを排除している。

ここに法霖という人物が登場する。能化というから今で言えば龍谷大学の学長だと思えばよろしい。彼が湛如上人にこう進言した。
「本願寺の親玉が祈祷で病気が治ったんでは示しがつかない。病気が治る前に自害なされよ」
これが湛如上人の死の真相だという。
法霖が非道な人間でない証拠には、彼も身辺の事を片付けてから責任を取って自害している。彼もまた真宗の法義に命を懸けた人物だったのだ。

さて、この事件をどう読むか。
今年の3月以前だったら僕は「本願寺に嫁いできておいて真宗のなんたるかを知らない嫁はんの迷信深さが悪い」という感想を持っただろう。
しかし、重心の70%ほどを浄土宗に移して、いわば真宗を外から見れるようになってみると、「家族の病気が治ってほしいという、人間として最も素朴な願い事さえそんな形で拒絶しなければならない宗派には何か問題があるのではないか?」と思える。
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2020/10/15 | 投稿者: 鹿苑院

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先日参拝した谷汲山華厳寺にあった立て札。
禅宗というのは自力仏教の極みだと思っていたが、道元禅師のこの言葉は浄土宗西山派及び浄土真宗の全分他力の匂いがする。
道元禅師は西山証空上人の義弟であり親鸞聖人の従兄弟である。その血筋がそうさせるのかもしれない。
とまれ、禅の中にも他力を頼む心があることを知り、何故だかホッと安心した気持ちになった。
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2020/10/8 | 投稿者: 鹿苑院

法然上人は唐の僧・善導大師の著書によって自らの教えを確立したため、彼を師と仰いでいた。
ある日、法然上人の夢に善導大師が現れ、「あなたの勧める念仏は正解なので、私が証人になりに来ましたよ」と言った。善導大師は法然上人より500年前の人だが、この師弟は夢の中で対面を果たしたのである。

僕にも直接会ったことはないが師と仰ぐ人がいる。週刊ファイト元編集長・井上義啓氏。彼にかかるとプロレス記事は文学になってしまう。その重厚な文体に僕は惹かれた。
読者から電話があると、喫茶店で待ち合わせして何時間も語る「喫茶店トーク」が名物だった。年齢的・地理的制約で僕は喫茶店トークの恩恵にあずかることはできなかったが。

夢の中で僕は、I編集長が行き着けだという喫茶店を訪ね、店員に写真を見せて「この人を知っていますか?」と聞いてみた。
ああ会いたいんですか、という感じであっさりとI編集長が夢に出てきてくれた。マネージャーなのか中高年の女性も一人いてあれこれ仲介してくれた。
現実の喫茶店トークのように深い話にはならず、雑談しただけだったがそれでも僕には貴重な楽しい夢だった。
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