2020/2/9 | 投稿者: 鹿苑院

辮髪は北方騎馬民族の風習である。蒙古風、契丹風、満洲風…といろいろあるが、一般に辮髪と言われて思い浮かべるのは満洲風。満洲族たる清王朝が漢族にもこの髪型を強制し、それが長く続いて「中国人の髪型」としてのイメージが出来上がったためだ。
初期には漢族も辮髪の強制に抵抗して清朝から弾圧を受けたりしていたが、馴染むとむしろ辮髪にしていない朝鮮人を蛮族呼ばわりするようになった。

「なんでわざわざあんな奇妙な髪型に?」と誰もが思うが、日本人だって明治以前は月代を剃り髷を結っていた。
広い範囲の髪を剃り、残った毛を結ぶという意味では同じであり、もしかすると月代・髷は辮髪の風習が日本に伝わって独自の進化を遂げたものかもしれない。

なお、月代は元々は剃るのではなく毛抜きで一本一本抜いていたのだが、その痛さに辟易した織田信長が剃刀で剃る事を始めたものらしい。少なくとも月代の風習は平安末期にはあった事が確認できるが、その程度の事ぐらいなぜ信長に至るまで誰も思いつかなかったのだろう。
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