2019/11/17 | 投稿者: 鹿苑院

世界野球が面白い。ここ数年プロ野球とは疎遠になっていたが、この世界野球をきっかけに今の選手の名前と顔を少しずつ覚えている。
オリンピックなどの国際的なスポーツ大会にはほとんど興味が無い僕だが野球だけは別で、WBCの時も熱中して観ていた。

台湾戦ではよきライバルとの清々しい戦いを爽やかな気持ちで観れたし、アメリカ戦では格上の相手にぶつかっていく勇ましさを堪能できた。
それまで全勝だったメキシコを打ち破った時は痛快だった。そして韓国戦はある意味一番応援に身が入ったが敢えて細かいことは言うまい。

見ると俺も野球をやりたい病気が再発してしまうのだが、実際やるとまったくできなくてつまらないのがわかりきっているからジレンマが凄い。ソフトボールならもしかしたらできるかな…と思っているところ。
0

2019/11/14 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


日本の肖像彫刻の最高傑作はこの俊乗房重源の像ではないだろうか。肖像にありがちな美化がおそらくあまりされておらず、しわくちゃなじいさんが今にも動き出しそうなリアリティがある。

僕はこの俊乗房重源という僧が底抜けに好きだ。
平重衡の兵火によって焼失した東大寺大仏再建プロジェクトの中心人物という功績が何より大きいが、だからといって東大寺を本山とする華厳宗の僧というわけではない。
出家したのは真言宗醍醐寺で、さらには法然上人に師事して浄土念仏僧でもあった。この東大寺大仏再建という国家的大事業を浄土念仏の僧がやりきったという快事が僕がこの人を好きな理由である。
中国(宋)に三度訪れたという経歴を誇るように自ら「入唐三度聖人」と名乗る愛嬌もなんだか微笑ましい。こういうのは謙遜されるよりも堂々と自慢される方が好感を持てるものだ。
0

2019/11/7 | 投稿者: 鹿苑院

20代の歯科助手にこの話題を振ったら3人中3人が田代まさしを知らなかったのでジェネレーションギャップを感じた。ついでに言うと伝説の「ミニにタコができた」についても話してみたけど、その元ネタである「耳にタコができた」という言葉も知らなかった。これはジェネレーションギャップというより教養の問題だろう…。

しかしこのマーシーの替え歌は傑作である。さすが志村けんと一時代を築いただけのことはある。こんな逸材がまた塀の中とは返す返すも惜しいことだ。

0

2019/11/4 | 投稿者: 鹿苑院

どんな経典でも尊いという天台宗の幅の広さゆえにその重要性がなんとなく薄れているが、元来、法華経が天台宗の根本経典である。
最初の最澄の時点から、よせばいいのに当時流行りの密教に手を出したりしたものだからますます法華経の影が薄くなった。今では天台宗といえば密教の宗派だと思っている人さえ少なくない。この話は司馬遼太郎の「街道をゆく 中国・江南のみち」の『越州の田舎密教』という項に詳しい。

そんな中で、いつかは天台宗の内部から法華経への原点回帰を叫ぶ者が出てくるのは歴史の必然だったろう。ただし、それが日蓮という灰汁の強い人物だったことが仏教史のみならず後の日本社会全体の不幸だった──とまで言ったら怒られるだろうか。

なにしろ、天台宗の法華経観は「たくさんある経典の中のナンバーワン」に過ぎないのだが、日蓮においては「他の経典はすべて邪宗! 法華経がオンリーワン」になってしまった。
この排他性・独善性が日蓮系諸派の特徴となり、現代までずっと、社会問題になる宗教宗派は日蓮の系譜であることが多い。
もし天台宗の法華経回帰の旗手がこういう人格に問題のある人でなく、もっと穏やかな人であればあのカルト宗教団体もこのカルト宗教団体もこの世に存在しなかったのにと思うと誠に残念な心地がする。




法華経は最高の教えなので それを誉めるだけでも御香をささげ飾るだけでも
所持するだけでも仏画を描くだけでも石を積むだけでも成仏できるとある
そのような最高の教えなので日蓮宗に入る必要は全く無い
日蓮宗の起こる遥か過去から数多くの仏国土でインドで中国で法華経崇拝はなされた
法華経には仏や仏のことを一寸でも念ずれば成仏できると書いてあり
日蓮宗になれとは一言も無い ましてやカルト的な教義など全く無い
答え=法華経は最高の教えであるから特定の宗派に入る必要は全く無い むしろ日蓮の他宗排撃は法華経の内容と正反対だった
0




AutoPage最新お知らせ