2019/9/22 | 投稿者: 鹿苑院

長らく歴史学会でも謎だった大塔宮護良親王の読み方問題。
大雑把に言うと、戦前の教育を受けた年配世代は「だいとうのみやもりながしんのう」と読み、比較的若い世代は「おおとうのみやもりよししんのう」と読むことが多い。鎌倉倒幕の立役者という重要な人物でありながらどう読むのかすらわかっていなかった。

この問題、とうとう決着が着いた。「応答宮」と当て字された当時の文書が見付かったからだ。これでは「だいとうのみや」と読むことは不可能である。よって「おおとうのみや」に決定。

なお、「だいとうのみや」と「もりながしんのう」、「おおとうのみや」と「もりよししんのう」はセットのようなもので、「だいとうのみやもりよししんのう」とか「おおとうのみやもりながしんのう」と言うことはほぼ無い。
従って、「おおとうのみや」が確定なら「もりよししんのう」も芋づる式に確定と考えてよろしい。
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