2019/6/30 | 投稿者: 鹿苑院

今読んでいる「国盗り物語」はもうすぐ斎藤道三の死を迎える。死を悟った道三はかつて自らが追放した土岐政頼・頼芸の位牌を参拝するというシーンがあるがこれはおかしい。だって上巻で司馬遼太郎自身の筆で、土岐頼芸は80歳過ぎまで生きた旨が書かれているからだ。筆者のミスである。

そこで頼芸がいつ死んだのかを調べてみると、天正10年12月と出てきた。道三どころか信長が死んでもなお半年をこの前美濃守護職は生きていたことになる。
ただし亡命した没落大名が平穏な生活を送れたわけではなく、遠く弟が養子に入っていた常陸にまで落ち延びたりしているが、最後に落ち着いたのは甲斐だった。武田家の庇護を受けて生活していたことになる。この亡命生活のいずれかの時期に病で失明という過酷な体験もしている。

天正10年の信長による甲州侵攻の際に織田軍に発見され、稲葉一鉄のはからいで美濃に帰ったのが実に30年ぶりである。そこで没したので墓所は美濃の谷汲にある。
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2019/6/16 | 投稿者: 鹿苑院

それまで特に悪いものだと思われていなかったものが、巨大メディアによってネガティブイメージを持って喧伝されると急に世の中の人みんながそれを悪いものだとしか思えなくなるという現象が時にある。

昨日、「世界ふしぎ発見」を見ていたらウズベキスタンの青年が「お母さんが大事、お母さんを幸せにしてあげたい」と言っていた。自分を産み育ててくれた母親を大事に思い、慕うのは人間として当たり前の気持ちだが、こういう事を日本で公言するとたちまちマザコンという言葉を浴びせられることになる。おそらくこの言葉が世に出て否定的なイメージで捉えられるようになったのは佐野史郎演じる冬彦さんからであろう。
ちなみにマザコンを否定的に捉える国は日本くらいのものである。

ヘルマン・ヘッセが「老人特有の甘い香り」と懐かしみを込めて書いた匂いは、資生堂がデオドラント商品を売るために「加齢臭」と名付けて排除すべきものであるかのように喧伝すると、たちまち嫌われる悪臭ということになった。
おじいちゃんおばあちゃんの家を訪れると匂ったあのニオイにホッとしていたという人は実は相当数いたろうに、加齢臭なる言葉が付いてそう言われるとそのニオイを好もしく思う自分はおかしいのではないかという強迫観念に捉われて不快に感じなきゃいけないように思い込み、そうなると本当にそう感じるようになるものだ。

やはり本質的な部分で日本はムラ社会のままでありイジメが好きな国民性だから、次々に新しい言葉を作ってそれに当てはまる人を攻撃するのをいつの時代もやめられないのだ。
今はマザコンや加齢臭を馬鹿にしている人もいつ自分のどういう属性が差別の対象になるかわからない。ご用心ご用心…いや、巨大メディアの前には個人がいかに用心しても抗うことはできまい。ある日突然襲いかかって避けられない天災のようなものである。
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2019/6/13 | 投稿者: 鹿苑院

銀行印を注文し終えたので、記念に世界一有名な印について書く。伝国の玉璽である。中国においてこれを持つ者こそが皇帝という、日本でいえば三種の神器のようなものだ。

ただ、三種の神器よりはゆるい扱いかもしれない。だって玉璽を持っていなくても皇帝を名乗った人はたくさんいるから。
日本でも南北朝の頃に北朝は三種の神器を持っていなくても天皇を名乗ったが、少なくとも手に入れようという努力はしていたし、その過程で偽物を掴まされたりもした。
中国の皇帝たちは特に玉璽を手に入れるのに血眼になった雰囲気はなく、「玉璽を持っていないからあの人は偽帝」という判断基準で語る文章を見たこともない。逆に袁術などは玉璽を手にして皇帝を名乗ったのに同時代人からも後世の人からもさんざん偽帝呼ばわりされて擁護らしい擁護がまったくない。水戸学で「三種の神器を持っていなかったから北朝は正統じゃない」と言い切ったのに比べるとえらい違いである。

伝国の玉璽は始皇帝が天下を統一した時に宝玉で作り、秦滅亡後も漢に受け継がれた。前漢が新に簒奪される時、玉璽をよこせとやってきた王莽の使者に王政君が怒りを露わにして投げつけたために一部欠けてしまい、これを金で修繕した。この修繕が本物の証とされるが五代十国時代に紛失されており、今でも行方はわからない。もっとも勝手にレプリカを作って代用品にした王朝はいくつかあるが。
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2019/6/10 | 投稿者: 鹿苑院

昨日が結婚式だった。結婚式の詳細は書かないが、がっちりとした和装に身を固めたのは記憶にある限り初めてだが予想以上に動きにくいもので、なるほど鳥羽伏見の戦いに幕軍が勝てなかったわけだと妙なことを思った。

…とりあえずそれだけを書く(笑)
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2019/6/6 | 投稿者: 鹿苑院

…という計画を今遂行中。実店舗2件に問い合わせてみたがどちらも高いのでネットで探す。同じようなものでどうして倍も値段が違うのか不思議だが、こうやって個人経営の中小店舗はインターネット店に客を奪われていくんだなあ…とヘボ経済学者気取りで慨嘆してみる。

象牙の実印はすでに持っているが、新しく作る銀行印は象牙にこだわろうとは思わない。やはりネットとはいえ高価だし、その値段に釣り合うほどは象牙に興味が無い。

最初は柘植にしようかと思った。家康公の入れ歯は柘植でできていたというから、歯科医の僕の財産を管理する印にはふさわしいと思ったのだが、木製は耐久性に難があるのでおすすめしないと言われたのでとりあえず却下。

木製以外でメジャーなのは牛の角とチタンだが、チタンは象牙並みとはいかなくともそれに次ぐぐらい高いのでこれも却下(硬いので彫るのが難しいらしい)。
牛の角なら黒水牛とオランダ水牛があり、両者の物理的特性はほぼ同じ。見た目が違うだけなので好みで選べばいいそうだから、オランダ水牛で検討してみたい。ただしオランダ水牛の方が黒水牛よりわずかに高いようだが。

オランダ水牛は白い中に茶色〜黒色の縞が入るのが一般的だが、上級品はそれがなく真っ白である。ランクが下がるほど縞が多くなっていくが、これも見た目の好みから言って僕はほどほどに木目のような縞があるのが欲しい。完璧なものよりも少し落ちるものを好むのは茶道哲学をかじった影響である。
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2019/6/4 | 投稿者: 鹿苑院

安芸国五龍城は宍戸氏の居城である。隣の毛利氏とは累代の抗争相手であったが、毛利に元就が出ると宍戸元源はこれと和睦した。昔読んだ本では元就が単身ふらりと五龍城に出掛けて茶飲み話のようにあっさりと和睦してきたように書かれていたが史実かどうかは知らない。
ともかくも元源の嫡孫・隆家と元就の娘が結婚することになった。元就の子女を迎えるなど家を乗っ取られるフラグのようなものだが、宍戸氏に関しては幸いなことにそういうことはなく、隆家と元就の娘の結婚生活はまあ円満だったと言えるだろう。幕末まで宍戸氏は長州藩の重臣として健在である。一時、高杉晋作が宍戸刑馬なる偽名を名乗って活動していたことがあるがむろん本来の宍戸氏とは関係がない。毛利家中のゆゆしい名前を拝借したに過ぎないだろう。

愛用のキヨーレオピンの製造元の住所を見ただけで行ったこともないのに「ああ、五龍城の近くか」とわかり、ここまでの随想をすることができる歴史者としての自分の体質を面白く思う。
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