2018/2/19 | 投稿者: 鹿苑院

少し前に見たテレビで、日本人の神父が「キリスト教徒でもない日本人が教会で結婚式を挙げることをどう思うか?」と質問されていた。
それに対する答えは、「教会で結婚式を挙げるといってもだいたいは教会風のウェディングチャペルに過ぎない。普段自分たちがお祈りをしている所で挙式するから意味があるのであって、雰囲気だけ教会を真似ても意味がない」というバッサリと斬り捨てるようなものだった。

なるほど!と感心したのだが、さらによくよく考えるとこれも我々とはずいぶん違う考え方である。
仏教では…と言ってしまうと正確さを欠くかもしれないので浄土真宗では、という言い方にするが、小さな掛軸でも三つ折りでも本尊を置けばそこは立派な念仏道場になる。そこが普段はどういう場所なのかということはまったく問題にならず、本山本願寺の阿弥陀堂でも僕の散らかったデスクの上でも念仏道場としての価値は同じである。

もし神父さんが我々と同じ感覚を持っていたら、冒頭の質問には「十字架さえあればそこは立派な教会です」と答えたであろうが、そういう答えは得られなかった。別段どちらの考えが正しいというつもりもないけれど。
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