2018/2/26 | 投稿者: 鹿苑院

カーリング女子の銅メダル獲得は、普段オリンピックに興味が無い僕でも興奮した。無論藤澤選手の可愛さがなければ見ていなかっただろうから、可愛いは正義である。

さて、以前から銅メダルを英語でブロンズメダルと訳すのが不思議だった。銅はカッパーだからカッパーメダルというべきではないかと思っていた。ブロンズは青銅(銅と錫との合金)である。

この事への答えは至って簡単なものだった。銅メダルは純銅ではなく青銅でできているからブロンズメダルで正しいとのことだ。日本語への訳し方が大雑把なだけなのだが、「青銅メダル」では金メダルや銀メダルと並ぶと確かに語呂が悪い。
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2018/2/22 | 投稿者: 鹿苑院

ひたすらに面白かった本。もしアドルフ・ヒトラーが現代に甦ったら…という現代小説であって歴史物ではない。

甦ったヒトラーは周囲の人々の様々な好意的な誤解からヒトラーそっくりの物真似芸人としてデビューする。テレビやYou Tubeを駆使して語り掛ける彼の演説は、やがて往時ほどではなくとも社会に一定の影響を与えだす…。

ヒトラーの一人称視点から終始軽快に歯切れよく進み、読者は時にヒトラーに共感し、喝采を送りたくなり、そのことに気付いて後ろめたい気持ちにもなる。
それが作者の狙いであり、「ナチスの過去を暗く語り続けるだけではなく、70年も経ったんだしもうブラック・ユーモアのネタにしてもいいじゃないか」という問い掛けでもある。本国ドイツでも賛否両論を巻き起こしたが、そういう議論は置いといてもハチャメチャに面白い小説だったことは保証する。

なお、映画化もされたがまだ観ていないので、近いうちに観たいと思っている。

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2018/2/20 | 投稿者: 鹿苑院

太閤秀吉は若い頃、数珠繋ぎにしたニンニクを首にぶらさげてこれをかじりながら働いていたという。ピラミッドを造った古代エジプト人もニンニクを食べながら作業していたという。洋の東西問わず、ニンニクはスタミナ源として認識されていたことがわかる。
では、ニンニクでスタミナがつくということに科学的根拠はあるのかという問いになると、「条件付きだがある」ということになる。

疲労回復にはビタミンB1が必要である。ただしこれには欠点があって、水溶性であるために摂取しても身体に吸収されにくく、大部分はそのまま排泄される。これを脂溶性に変えて吸収しやすくしてくれるのがニンニクの働きである。
したがって、ニンニクだけを食べてもスタミナ効果は乏しいことになり、一緒にビタミンB1を含む物を食べて初めて効果が現れる。
その意味でいうと、ビタミンB1が豊富な豚肉とニンニクを同時に食べることができる餃子などは大変に理にかなっている。
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2018/2/19 | 投稿者: 鹿苑院

少し前に見たテレビで、日本人の神父が「キリスト教徒でもない日本人が教会で結婚式を挙げることをどう思うか?」と質問されていた。
それに対する答えは、「教会で結婚式を挙げるといってもだいたいは教会風のウェディングチャペルに過ぎない。普段自分たちがお祈りをしている所で挙式するから意味があるのであって、雰囲気だけ教会を真似ても意味がない」というバッサリと斬り捨てるようなものだった。

なるほど!と感心したのだが、さらによくよく考えるとこれも我々とはずいぶん違う考え方である。
仏教では…と言ってしまうと正確さを欠くかもしれないので浄土真宗では、という言い方にするが、小さな掛軸でも三つ折りでも本尊を置けばそこは立派な念仏道場になる。そこが普段はどういう場所なのかということはまったく問題にならず、本山本願寺の阿弥陀堂でも僕の散らかったデスクの上でも念仏道場としての価値は同じである。

もし神父さんが我々と同じ感覚を持っていたら、冒頭の質問には「十字架さえあればそこは立派な教会です」と答えたであろうが、そういう答えは得られなかった。別段どちらの考えが正しいというつもりもないけれど。
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2018/2/13 | 投稿者: 鹿苑院

おとといの「西郷どん」にもあったが、幕末物には必ず「メリケンでは身分に関わりなく好きな者どうしが結ばれる」という言説が出てくる。実はこれ、真っ赤なウソである。現実には当時のアメリカでも自由恋愛はまだ大人が眉をひそめるような事で、郵便物がラブレターでないかどうか検閲されていたくらいだ。
江戸時代の日本が自由がない社会でアメリカにはそれがあるというのはフィクションだと割り切って観る必要がある。

糸どんが「そんな良い国に日本もいつかなるでしょうか」と言っていたのも当時の日本人の感覚からするとありえない意見で、家も仲人も通さないで好きというだけで結婚するのは野獣のやること、というのが常識的な感覚だった。

何だったか忘れたが落語にも「あっしらはそんな『くっ付き合い』じゃなくてちゃんと仲人を立てて一緒になったんで」という一節が出てくるように、昔の日本人の感覚では家や仲人を介した結婚の方が正当で、恋愛結婚はあまり感心されないものだったことがわかる。
その日本人の意識が完全に今のように、「恋愛結婚>>>(超えられない壁)>>>お見合い結婚」になるのは一説にはフジテレビが月9ドラマを始めてからだというからかなり歴史の浅い考え方と言える。

考えてみれば、恋愛というかなり得意不得意が分かれるものが上手な人でないと結婚できない世の中になったら少子化になるのは当然の帰結である。
さらに言えば、恋愛感情というごくあやふやな物しか紐帯がなければ、それがなくなった時にもはや一緒にいる意味が無いとばかりにあっさり離婚するのもこれまた当然となる。その結果が3組に1組は離婚するという現代日本の惨状である。

そういう意味で、現代も歴史の一部として巨視的に見れば、婚活がブームになり今またお見合いが盛んになっているのは、フジテレビがばらまいたキリスト教的な恋愛至上主義で歪められた日本社会が元の姿に戻ろうとしている揺り返しではないかと感じる。
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2018/2/1 | 投稿者: 鹿苑院




あの陸軍軍歌の名曲『抜刀隊』のガルパン版。
こういうアレンジは賛否両論あるだろうが、若い世代にこの曲が知られるきっかけになるなら悪くないのではないか。

そういえば蝶野正洋がガルパンにはまってたよね…。
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