2017/12/5 | 投稿者: 鹿苑院

孫権が自分の息子の嫁に関羽の娘を望んだことがある。孫権は呉の君主であり関羽は蜀の臣下だから、身分・家柄から言えば孫権の方が格上のはずだが、関羽の返事はこうだった。
「虎の子を犬の子にやれるか」

直後、関羽は魏と対峙中に後方の呉の裏切りに会って命を落とすのだが、関羽は「孫権に裏切るような度胸があるはずもなく、万一裏切っても簡単に返り討ちにできる」と呉を軽視していた節がある。
生け捕りにされて孫権の前に引き出され、仕えることを勧められても「おまえなんかに仕えることができるか、紫ヒゲの鼠め! さっさと首を刎ねろ」と悪態をついて断固仕官を断るので孫権もやむなく斬首した。

この関羽の孫権に対する見下した態度がどこから来ているのか考えると、中国に伝統的にある華北人から江南人への差別意識が根底にあるのではないだろうか。関羽が孫権を指して紫ヒゲと呼んでいるように、本当に孫権の毛の色は漢族のそれとは違っていたようで、タイ系の少数民族だったのではないかと言われている。華北人の関羽から見れば蛮族であって、これに仕えるぐらいなら死んだ方がマシという発想になるのは今よりも中華思想が強烈な昔ならさほど不自然でない思考回路かもしれない。
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