2017/8/1 | 投稿者: 鹿苑院

数日前の中日新聞の投書欄にこんな老人からの投書が載っていた。廃品回収に出してしまったので原文が手元にないから大意を載せるとこうだ。


「数日前のこの投書欄に、『公平中立な報道をせよ』という若者の意見があったが、読んで思わず首をかしげてしまった。安倍政権の言い分は安倍政権自身が発信しているのだからそれだけでいい。新聞が政権支持側の意見も載せたらそちらだけプラスが多いことになる。だから政権に対する批判だけを書くことこそ公平性を保つことではないか」


むろん僕はおそらくあなたと同じように、それこそ首をかしげてしまった。
人間は長年信じてきたことを間違いだと認めることはなかなかできない。一般に老人になるほどその傾向は強くなり、今まで信じてきた物事を擁護するためならどんな屁理屈でもひねり出すようになる。
この老人もおそらく長い長いサヨク全盛時代に「新聞は公平中立」と信じ込んで生きてきたのだろう。今、それが間違っていることを根拠付きで説明されても素直に受け入れられないのはもはや人情の領域である。

それにしても罪作りなのはやはり新聞社である。どこを向いてもマスコミ批判ばかりされる中、珍しく擁護してくれる人が現れたので嬉しくて採用してしまった気持ちはわかるのだが、おかげでせっかくの支持者を「誰がどう見ても無理のある屁理屈をふりかざす老害の見本」として実名付きで晒し者にしてしまった。斜陽の新聞産業を支えているのはこういう人たちなんだからもっと大事にしてやればいいのに、と敵ながら気の毒になる。
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