2017/8/31 | 投稿者: 鹿苑院

源頼朝は政治家としては凄腕だが軍の指揮は下手という評価が定説となっている。だから対平家の戦争は弟・範頼や義経に任せて自分は鎌倉に座っていたと言われがちだが、現実はそうでもない。
その時代の戦争といえば源平合戦ばかりが有名なのでそういう印象になるのだが、東部戦線を忘れてはいけない。

いわゆる源平合戦は鎌倉から見れば西部戦線である。この方面の担当官は範頼や義経だったのは事実で、屋島や壇ノ浦に頼朝は出陣していない。
ただし同じ時期の関東・奥羽でも戦争はあり、佐竹征伐、志田義広迎撃、そして奥州藤原氏征伐には頼朝は親征しておりそのすべてに勝利している。
このことから、頼朝が戦争下手ゆえに軍の指揮は弟たちに任せて、自分はずっと鎌倉で座っていたというのはまったく的を射ていない。

なお、指揮官としてではなく一人の武者としての頼朝はどうだったのかというと、石橋山で群がる敵兵を次々射落とし斬り伏せているし、猪を退治した話も伝わっているのでかなりの腕自慢だったと言えそうである。
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2017/8/29 | 投稿者: 鹿苑院




とにかく弱いことで名高いイタリア軍。弱体化してすでに死に体のフランスに宣戦し攻め込むも、そのフランスにすら返り討ちにされて逆にイタリア領を脅かされる始末に終わる。
まあ戦車でエチオピア侵略に出向いたところ、槍と弓矢で抵抗した原住民に返り討ちにされているぐらいだから相手が近代国家フランスではどだい無理な相談だったかもしれないが…。

そんな情けないイタリア軍が好きです。
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2017/8/25 | 投稿者: 鹿苑院




対米英開戦を国民に報告する東條首相の演説。

東條は対米英主戦論者の頭目だったが、戦争回避を願っていた昭和天皇が彼を首相に任命したのは、「東條は主戦論者だが同時に彼ほど天皇への忠義が篤い者もいない。天皇の意志を聴かねばならない重職に就かせれば内心はどうあれ戦争回避のために動くに違いなく、頭目たる東條がそうなればその下にいる主戦論者たちは黙らざるを得ない」という思惑だった。
この作戦は半ば当たり、東條は自説を引っ込めて戦争回避のために動いたがもはや手遅れであり、やはり開戦が避けられないことが確定的になった時、東條は一人、皇居の方角にひざまずいて泣いていたという。

歴史を俯瞰することができるのは後世の人間の特権だが、その目で見るとこの演説は、精神論に傾いているきらいはあるものの(陸軍の悪しき体質である)、開戦に至るまでの経緯についてウソやごまかしはまったく無い。誠実といえるかどうかは微妙だが正直ではある。
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2017/8/25 | 投稿者: 鹿苑院

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2017/8/25 | 投稿者: 鹿苑院

昼食を終えて職場に戻る途中、草むらで勢いよく飛んでいるバッタを見た。なんとなく見ていると、おもいっきり蜘蛛の巣にダイブしたではないか! それからの蜘蛛のテキパキした仕事っぷりときたら感動を覚えるほどのもので、あれよあれよという間にバッタは糸でぐるぐる巻きにされてしまった。

歯科助手にその話をしたら、
「助けてあげれば良かったのに」
なんて言うものだから、
「それはしないのが自然観察のルール。蜘蛛だって何か食わなきゃ生きていけないんだから」
と答えたところ、
「だって私、蜘蛛の方が嫌いなんですもん」
と、しれっと言われた。
男は論理の生き物、女は感情の生き物って本当だなとつくづく思った。
「好き嫌いで生きる者・死ぬ者を決めるとは、神にでもなったつもりかね?」とまでは言い返さなかったけど。
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2017/8/20 | 投稿者: 鹿苑院

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「勢高」は「背高」である。その名の通り、肩衝茶入としてはやや背が高過ぎてアンバランスであり、そのため第一級の名品とまでの地位は得なかったものらしい。

先日、岐阜市歴史博物館で実物を目にする機会を得た。かつて写真で見た印象では上記の説明通りに背が高過ぎるように感じていたのだが、実物を見てみるとむしろこのくらいの方が均整がとれているようにも思った。それ以来というものは写真を見てもアンバランスだとは微塵も思わなくなったんだから不思議だ。

信長から秀吉の手を経て古田織部の所有となっており、勢高肩衝といえば初期の織部の代名詞とも言える。
もしかしたら歪みを好む織部イズムはアンバランスな背の高さのこの肩衝に始まるのかもしれないが、ちゃんと均整がとれているように見えてしまった僕にはこの茶入から織部イズムがどうしても出てこなくて首をかしげてしまった。
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2017/8/15 | 投稿者: 鹿苑院

聖地巡礼という行為はあまりしないのだけど、近場なので行ってきた。地元ど真ん中の何十回も訪れた勝手知ったる城。それが聖地になる面白さに心が弾んだ。

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今、日の出の勢いと言っていい水瀬いのりの声が、子供の頃から知っている馴染んだ天守に響くことがなんとも楽しく、つい千鳥に深々と一礼してきた。
聖地巡礼をする連中をなんとなくアホかと思っていた節がうっすらあったのだが、こんなに楽しいものだったか。
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2017/8/12 | 投稿者: 鹿苑院




また逸材が出てきたものである。歌もこの通り上手く、ラジオも面白い。間違いなく一時代を築けるだけのものを持っている。

なお『信長の忍び』で主人公・千鳥を演じているため、現在岐阜城ではコラボ企画をやっており、岐阜と信長の歴史を水瀬いのりの声で説明しているらしい。期間中に必ず行きたい。
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2017/8/9 | 投稿者: 鹿苑院




馬場さんのイデオロギーを守ってきた男と馬場さんの団体を守ってきた男の再会。
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2017/8/1 | 投稿者: 鹿苑院

数日前の中日新聞の投書欄にこんな老人からの投書が載っていた。廃品回収に出してしまったので原文が手元にないから大意を載せるとこうだ。


「数日前のこの投書欄に、『公平中立な報道をせよ』という若者の意見があったが、読んで思わず首をかしげてしまった。安倍政権の言い分は安倍政権自身が発信しているのだからそれだけでいい。新聞が政権支持側の意見も載せたらそちらだけプラスが多いことになる。だから政権に対する批判だけを書くことこそ公平性を保つことではないか」


むろん僕はおそらくあなたと同じように、それこそ首をかしげてしまった。
人間は長年信じてきたことを間違いだと認めることはなかなかできない。一般に老人になるほどその傾向は強くなり、今まで信じてきた物事を擁護するためならどんな屁理屈でもひねり出すようになる。
この老人もおそらく長い長いサヨク全盛時代に「新聞は公平中立」と信じ込んで生きてきたのだろう。今、それが間違っていることを根拠付きで説明されても素直に受け入れられないのはもはや人情の領域である。

それにしても罪作りなのはやはり新聞社である。どこを向いてもマスコミ批判ばかりされる中、珍しく擁護してくれる人が現れたので嬉しくて採用してしまった気持ちはわかるのだが、おかげでせっかくの支持者を「誰がどう見ても無理のある屁理屈をふりかざす老害の見本」として実名付きで晒し者にしてしまった。斜陽の新聞産業を支えているのはこういう人たちなんだからもっと大事にしてやればいいのに、と敵ながら気の毒になる。
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