2015/11/30 | 投稿者: 鹿苑院

司馬遼太郎の『新選組血風録』でオレが一番好きなエピソードは近藤勇が主人公の「虎徹」だが、「虎徹より清麿の方が斬れるならそう言えば済む話なのに、無理にでも清麿を虎徹ということにしようとするあたりが近藤らしい」というような記述があるが、オレにもそういうのがある。

過去にも書いたように、オレの舌は煎茶の味はちゃんとわかるが抹茶の味がはっきりとはわからない。
それなら「抹茶より煎茶の方が美味い」で済む話なのだが、抹茶道は武家文化なので佐幕派御用達、それに対抗して始まった煎茶道は勤王派御用達という不都合な事実がある上に、名のある茶人──利休も織部も遠州も──はすべて抹茶道の人なのだ。歴史主義者としてはそこへのこだわりが捨てきれない。

だから、煎茶を常飲しているがわざと抹茶茶碗をミニチュア化したような形・色の茶器を選んだりして抹茶っぽい雰囲気を作りながら飲んでいる。もう抹茶道と煎茶道を融合した新しい流派の家元になろうかとすら思っているくらいだが、まあ煎茶を抹茶にしようとしていることは清麿を虎徹にしようとした近藤さんに似ている滑稽さではある。ああそういえば源清麿も勤王思想を持った刀匠だったな。
0

2015/11/29 | 投稿者: 鹿苑院

南国のイメージがあるマンゴーを滋賀県湖北で栽培しているという新聞記事を読んだ。ビニールハウスのある石田町は石田三成の出身地ということにちなみ、ブランド名は『みつなり』。

この取り組みに水を差す気は毛頭ないのだけど、毛利輝元が季節外れの桃を秀吉に献上したところ、「そんな自然の摂理に反した物を食べて体壊したらどうするんですか」と三成がやめさせたという逸話があるくらいなので、三成はみつなりを食べないだろうな…。
0

2015/11/26 | 投稿者: 鹿苑院

BSプレミアムでアニサマのライブ映像が放送されている。大半はあまり興味がないアーティストなので早送りで適当に流しているのだが、メロキュアというテロップが目に飛び込んできたので驚いて早送りを止めた。
メロキュアは日向めぐみさんと岡崎律子さんのツインボーカルユニットだが、2004年に岡崎さんが敗血性ショックで亡くなっているので、まあ出演する名義としては「日向めぐみ」でもおかしくない。しかし今回は日向めぐみではなくメロキュアなのだ。

ステージにはマイクが2台立ち、日向さんは決してステージの中央に立たなかった。あくまでも2人で歌っている形だった。「岡崎さんが一緒に歌っているんだ」と思うとなんかオレもホロリときた。
日向めぐみではなくメロキュアとして大舞台に臨んでくれた粋な計らいを讃えたい。
0

2015/11/25 | 投稿者: 鹿苑院

くだんのクイズ番組からもう一つ。例の伝・源頼朝の画像を指して、日本史の先生が「これは最近では足利尊氏の弟だと言われているんです」と解説していた。南北朝クラスタなら全員同じことを思ったであろう。「ちゃんと名前で呼んでやれよ」と。
今のところ、いわゆる歴女も三国志と戦国と幕末にしか目が向いていないようだが、もし南北朝にその目が向いたらその尊氏の弟こと足利直義はかなりの女性人気を得るだろう。時代の中心にいた重要人物なのに「尊氏の弟」としか解説されないのは南北朝時代そのものがマイナーな証といえる。

直義の末路は日本史上最大規模の兄弟喧嘩と言われる観応の擾乱(わざと「官能の情乱」と誤変換するやつが後を絶たない)で尊氏に敗れ、降伏後すぐに不審な死を遂げていることから、尊氏が毒殺したという説が半ば定説化している。同時代のリアルタイムな記録である太平記にすらその疑惑は書かれているので当時の人もそう思ったということだろう。

初代将軍の弟でありながら兄弟喧嘩の結果、兄に殺されるという共通点から源義経と比べられることが多いが、直義は伝統と規律を重んじる文官タイプで戦は下手だったので、義経とは正反対な性格と言っていい。
また、頼朝はあまり義経に兄弟としての情を持っていなかった感があるが、尊氏・直義兄弟はある時期までは非常に仲が良く、初期の足利幕府の実務はほとんど直義に委任されていたくらいである。「直義がいつまでも元気でいてくれますように」と尊氏が書いて石清水八幡宮に捧げた願文まである。
つまり、頼朝・義経兄弟は「喧嘩するべくして喧嘩した兄弟」だが、尊氏・直義兄弟は「なんで喧嘩する羽目になったのかよくわからない兄弟」なのだ。

…ここまで読んでくださった方がもし、直義を「なおよし」と読んでいたとしたら、オレとしては「ああ、やっぱり南北朝時代はマイナーなんだな」とガッカリする次第である。
0

2015/11/24 | 投稿者: 鹿苑院

昨日見たクイズ番組で、11個の言葉が並んでおり、うち10個は仏教由来の言葉だが一つだけ違うものがあり、それを選ぶとドボンというものがあった。
二人目の回答者が「一期一会」を選んでいきなりドボンになっていて、その回答者も「しまった、茶道ですよね」と納得していたが、それって変じゃない?とオレは思った。だって茶道はそもそもが禅宗の修行の一環なのだから。

さる禅宗の高僧が「茶人は坐禅なんてしなくてええんや」と言ったとか、茶道を始めた禅僧が「なんのためにわざわざそんなことするんや」とたしなめられた話などを聞く。つまり在家者のための坐禅の代用品が茶道という位置付けで良いと思う。
なので、茶道用語は仏教由来と言ってもいいはずである。

まあ今の茶道は純然たる禅の修行ではあるまいし、それはそれでただの娯楽としての茶道ももちろんあっていいとオレは思っているが。
0

2015/11/22 | 投稿者: 鹿苑院

旭日旗に対しては、韓国人や左翼思想に洗脳された反日日本人(←こいつらが一番みっともない)が「あれはナチスのハーケンクロイツと同じだ」と言う。
そうではないことを明快に表したのが下の図である。

クリックすると元のサイズで表示します


旭日旗は日本軍の軍旗だが、ハーケンクロイツはナチスの政党シンボルに過ぎず、ドイツ国家そのものの軍旗ではない。大東亜戦争中に日本に政党はなかったが、ナチスに相当するものを強いて探せば大政翼賛会になるだろう。だから大政翼賛会のシンボルマークがハーケンクロイツに相当するというのなら間違っていない。旭日旗はまったく無実である。

なお、図の一番上で旭日旗と鉄十字をイコールにしているがこれは不正確ではないかと個人的には思う。鉄十字はドイツの伝統的な勲章でナチスだけのものではなく現在も使われているので忌まわしいものではないが、軍旗と勲章は異質なのではないか。
0

2015/11/18 | 投稿者: 鹿苑院

応援している女性アーティストのイベントやライブへの参戦を決めると、近頃母がよくこう言う。「どんなにおいかけたってその人が嫁に来てくれるわけでもないのに」。
この母の指摘はまったくの正論である。なんら間違っていない。イベントに通っていればいつか奇跡が起きて…などと期待するほどオレも甘ちゃんではない。
ただ、今のオレの生な実感としてはこう言いたい。
「絶対にある距離以上には近付けない代わりに、絶対にある距離以上からは逃げていかないことはそれなりに価値があることだ」と。

婚活を始めてずいぶん経つ。何人もの女性と会ってきたが、メシをおごると「ありがとう。楽しかったし美味しかった。でもあなたは私の理想のイメージとは違うの。もう別れましょ。さようなら」と平気で言う女がザラにいる。これはなにも、極めて稀な異常性格の持ち主というわけではなく、経験上から言えば女が5人いたら4人はそうだと言っても誇張ではない。
それに比べればアーティストはチケット代だけ払えば約束の日の約束の時刻に必ず現れて、期待した通りの歌を歌ってくれる。客であるオレにもう来るなと言い出すこともない。金を払う価値があるのはどちらか。

ちなみにアメリカでは、デートで食事代を全額男に払わせるということはその男とSEXしてもいいという意思表示になる。タダ飯だけ食ってはいサヨナラでは撃たれても文句を言えない。
もちろんアメリカ人のやり方がすべて正しいと言うつもりはないし、オレは米国礼賛主義者でもないが、大和撫子がヤンキー娘より傲岸不遜であることを嘆くのみである。
0

2015/11/16 | 投稿者: 鹿苑院

今年はプロ野球では中日ドラゴンズの山本昌投手が引退したが、同じく恐ろしく現役が長かった選手がマット界でも昨日引退した。『風雲昇り龍』『ミスター・プロレス』天龍源一郎選手である。

天龍が引退試合の相手にオカダ・カズチカを選んだ時はおいおいマジかよと思った。ベテランレスラーの引退試合というとだいたいはゆかりのあるレスラーを集めての6人タッグくらいになるのが多いが、現在トップの中のトップであるオカダとのシングル対決など、言い方は悪いが老いて引退するレスラーには荷が重すぎる。長州力も「自分ならそんな選択は絶対しない」と言っていた。
だから、天龍が勝つということはないだろうなとも予想した。ここで天龍が勝つのはいくらなんでも説得力がなさすぎる。IWGPを巡って死闘を繰り広げているオカダや棚橋、AJスタイルズは老いて引退するレスラーより弱いというわけにはいかないだろう。

ただ、天龍がオカダを破ってIWGPを獲り、引退のため即日返上ということになったらカッコいいなとも期待した。そしてやはり、期待はただの期待に終わった。予想通り、オカダの勝利。しかしオカダの額には痛々しい流血があった。普段の新日本の試合では長らく見たことがなかった、これぞ天龍というような痛みが伝わる攻撃。昇り龍がマット界に残した最後の爪痕である。
0

2015/11/13 | 投稿者: 鹿苑院

金華山というと、他県の人は宮城県にある山を思い浮かべるかもしれないが、岐阜にも金華山がある。歴史好きの方なら、かつては稲葉山といったといえばああ、あの山かとわかることだろう。岐阜城(=稲葉山城)が聳える山である。

この山の土を使って焼いた焼物が金華山焼である。尾張藩岐阜代官所の武士が手すさびで作った焼物だというからそんなに歴史が古いわけではなく、しかも今は廃れている。典型的な楽焼に似ていて、オリジナリティに欠けるのが廃れた理由だろうか。

というか、金華山を江戸時代に領有していたのが尾張藩だというのが少し意外だった。美濃国は江戸時代にはこの村は天領、隣村は尾張領、そのまた隣は大垣領というぐらいに複雑に細かく領地が分かれていたのは知っていたが、藩成立の歴史的経緯からいっても金華山は加納藩が持つのが当然と思っていた。岐阜城を廃城にして代わりに造ったのが加納城なのだから。
0

2015/11/12 | 投稿者: 鹿苑院

クリックすると元のサイズで表示します


これまた日本人必読の本である。

汚職を追放してクリーンな政治を追求した結果が近衛・東條内閣の翼賛政治であったという指摘は見るべきものがある(著者によると、歴代首相で最もクリーンで清貧であったのは東條英機らしい)。「リーガル・ハイ」でも、庶民目線に立てる無能な政治家を国民が選ぶから云々というセリフがあったが、オレもかねがねそう思っていた。
「清貧な政治家の方がリーダーとしての資質が優れていると思いがちだが冷静に考えてみればクリーンかどうかということと政治家としての資質は何の関係もない」という筆者の指摘にはまさに我が意を得たり!と膝を打った。

たとえば政治家が1億円ちょろまかしたとすると、許せねえ!という声が巻き起こるが、オレはあまりそこに怒りは感じない。だって日本国民は1億3千万人だ。1億円を1億3千万人で負担したとすると一人あたりは80銭未満である。80銭を取られたことに怒って有能な政治家をクビにするのは割に合わない。ダーティーでもいいから辣腕を振るって結果的に国家および国民の利益になることをしてくれるなら80銭の小遣いぐらい喜んでくれてやればいいではないか。
庶民目線に立ててクリーンだが無能な政治家より、ダーティーだが有能な政治家をオレは選ぶ。
0




AutoPage最新お知らせ