2015/10/1 | 投稿者: 鹿苑院

鶴ヶ城(会津若松城)は以前は普通の黒っぽい瓦だったが、江戸時代後期には赤瓦であったことがわかり、それに合わせて改修された。
童友社のプラモデルでは今、黒瓦モデルと赤瓦モデルの両方がラインナップされているが、モデラーならどっちみち無塗装で作ることはあまりなく、リアルさを求めて自分で塗ってしまうものなのであまり関係ないような気がする。

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なお現在の鶴ヶ城の天守には鯱がいる。江戸時代の絵図には鯱が描かれているが明治初期の写真にはなく、本当はあったのかなかったのか不明のままである。
現在の鯱は銀の鯱で、復元工事をした会社が名古屋城の復元もしていた縁から、金の鯱と対になるように銀にしたようだ。史実では鯱があったとしても銀ではなかったろうが、幕末の尾張藩主徳川慶勝と会津藩主松平容保は実の兄弟なので、粋な計らいといえるかもしれない。史実通りの赤瓦と史実にない銀鯱の組み合わせは面白い。
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