2015/9/17 | 投稿者: 鹿苑院

こういう白地に青の染付磁器を祥瑞(しょんずい)という。

足利義満の時代にはすでに日本に輸入されていたが、茶の湯に使われることはなかった。日本で茶の湯が始まる頃にはすでに中国では抹茶はすたれており、煎茶に取って代わられていたので祥瑞の抹茶道具などなかったからだ。小堀遠州がわざわざ中国に注文して茶碗を作らせてやっと、祥瑞は茶の湯に仲間入りした。

本来は格調高く高度な技術を要する物なのだろうが、プリント技術が発達した時代の現代人のオレの目から見ると祥瑞はありふれた平凡な物に見える。むしろ土肌を感じられる楽焼あたりの方が高級に見えてしまう。この感想を小堀遠州が聞いたら飛び上がって驚くかもしれないが。
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2015/9/17 | 投稿者: 鹿苑院

家宝に馬の絵を持っている男がいた。この絵に賛を書いてもらおうと一休禅師のところに持っていったところ、「馬じゃ馬じゃ」と書かれた。

そんなの当たり前じゃないか、と怒った男、本願寺に駆け込んで蓮如上人に愚痴ったところ、「じゃあ私が書き足して格好がつくようにしてあげよう」と言われたので喜んで頼んだところ、「まことに馬じゃ」と書かれた。

ふざけるのもいい加減にしてください!と怒る男に蓮如上人は教え諭した。
「人の姿をしていてもまことに人じゃと言える者が世の中にどれだけいるだろう? そう思えば一休さんほどの人に、確かに『馬じゃ』と太鼓判を捺してもらえたのは凄い価値ではないか」

男は喜んでますますこの絵を大事にするようになった。
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