2015/9/28 | 投稿者: 鹿苑院

本来、自分で稼いだ金は法律や公序良俗に反しなければどんな使い方をしても自由だが、清貧でないと何故か世間から後ろ指を指される職業というのが存在する。政治家、公務員、僧侶などが代表例だろうか。たとえば麻生太郎氏が総理大臣だった頃にはバー通いがどうのと散々批判されたが、冷静に考えれば自分で稼いだ金で飲むことには何の問題も無い。
慈善事業者というのもそういう批判を受けやすい職業だろうか。

アグネス・チャン氏を脅迫した中学生が逮捕された。アグネスが奸物なのは否定できない事実だし、若い正義感があれを許せないのは理解できる。
ただ、「慈善活動をしているのに裕福な生活をしているのが許せなかった」という動機はどうなのか。オレも同じような事を思っていた時期もあったが、よく考えれば、貧乏人を支援する者も貧乏人であるべきとするなら双方ともに永久に貧乏のままではないか。むしろ裕福だからこそ余裕を持って慈善活動ができるのだ。もちろんアグネスが本当に慈善活動をやっているかどうかは大いに疑問だけど。

逮捕された中学生は、動機を語るなら「子供のためと唱えながら、チベットやウイグルの子供たちを不幸に落とし入れている自国の政府には何も言わないくせに、日本にまでやってきて現実の子供にはなんら危害を加えていない人々を侮辱するのが許せなかった」というべきだった。アグネスが奸物なのはその点においてであり、慈善活動をしているのに裕福な生活をしているからではない。
あるいはそう供述していても腐れマスコミの「報道しない自由」で隠蔽されているのかもしれないが。

あと、アグネス殺害予告だとすぐに逮捕されたのに、首相官邸や国会議事堂にまで押しかけて「安倍死ね、殺せ、叩き斬る」と大々的に安倍殺害予告を吠えていた連中はなぜ逮捕されないばかりか民主主義のために戦った英雄扱いまでされているのだろう?
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2015/9/28 | 投稿者: 鹿苑院

毛利元就は浄土真宗を信仰していた。ただ、その念仏習慣がややイレギュラーで、朝日を拝んで十回念仏をしていたという。あまつさえそれをやれば武運長久とか身体健康とかのご利益があると考えていた節がある。

阿弥陀如来は西方におわすので朝日より夕日を拝む方が合理的な気がするし、実際その作法は四天王寺に昔からある。しかし朝日というのは他に聞いたことがない。十回という数を決めて念仏するのは浄土宗などにはあるが真宗は数にこだわらない。現世利益に至っては真宗では素っ気無いほどこれを説かない。

元就にこの習慣を教えたのは養育してくれた杉の大方らしいが、杉の大方は誰からこれを教えられたのだろう。どうも本願寺系の正統な教えを受け継いだ僧侶ではないような気がする。浄土真宗をベースに民間信仰が混じったものと言った方が正しそうだし、当時のことだからそういうのを説いて歩く旅の坊さんもいたことだろう。

なお萩にある毛利家の菩提寺・東光寺は黄檗宗である。三代藩主・毛利吉就が黄檗宗に帰依したのがその始まりというから、この時に浄土真宗から改宗したのだろうか。
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2015/9/27 | 投稿者: 鹿苑院

タイ料理が食べたくて…というよりは食べたことがないという母に食べさせたくて岐阜市柳ヶ瀬にあるお店に行った。このお店が美味しい上にアットホームな大当たりの店で、リピート確定。

食後に柳ヶ瀬商店街を歩いたのだが、こんな楽しい所だとは知らなかった。
高校時代によく歩いたはずなのだが、こんな店があったのかという発見が多かった。おそらく「当時は興味がなくて気に留めなかったが今は好きな物」を売っている店が多かったからそうなったのだろう。中には名古屋に行かなければ買えないと思っていた物まであった。灯台下暗しとはよく言ったものである。
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2015/9/25 | 投稿者: 鹿苑院

近頃よく、安保反対の左翼陣営の中に山田洋次監督の名前を見る。中日新聞のインタビューでも「攻められても戦わぬべきだ」というようなことを言っていた。寅さんファンとして複雑である。

山田監督は日本共産党のシンパであると随分昔から公言しているし、シリーズでお馴染みの「我々労働者は…」から始まる博の愚痴にはプロレタリア的思想が垣間見えることも事実である。
だから、山田監督が日本共産党の主張をトレースするような発言をしていることには今更驚かないし、「まあ昔からこういう人だったよね…」と割り切ろうと思えば割り切れる。

「攻められても戦わぬべき」などとはとんでもない発言で、いつものオレなら手厳しく批判するところなのだが、寅さんの産みの親を罵りたくないのでいつもの鹿苑節は控えることにする。
ただ、一つだけ山田監督に言えるとしたらこう言いたい。
「僕の知ってる寅さんは、さくらや満男に危害を加えようとする奴がいたら自分の危険も顧みず命懸けで闘うはずですが」と。
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2015/9/24 | 投稿者: 鹿苑院



「やりたいことをやってきたこの人生、おかげで痛い目にも合ってきた。さんざん恥もかいてきた。(中略)でもね、これだけは言える。やりたいことをやっちゃう人生の方が間違いなく面白い。俺はこれからもやっちゃうよ」


このCMが「かっこよすぎる!」と評判らしいのだが、オレはむしろ不快感を覚えた。
「やりたいことをやる人間ばかりじゃ世間は回らないんだよ、永ちゃん」と思わずつぶやいてしまった。

痛い目に合ったり恥をかいたりする失敗は大抵の場合、自分だけの被害にはとどまらず、少なからず周囲に迷惑をかけるものだし、永ちゃんのやらかしたことのために冷や汗浮かべて頭を下げなければならなかったスタッフ・関係者もいるだろう。そこを反省せずに面白いとかこれからもやっちゃうとか、わがまま勝手にも程があると思うのだ。ロックンローラーだから許されるとかそういう問題ではない。
そういう意味で、野放図で無反省な永ちゃんよりも、途中に出てくる、おそらくは「やりたいことをやらない人」の代表であろうスーツ姿のサラリーマン風の男性の方がオレにはよほどかっこよく見える。

こういうCMを見て「永ちゃんかっこよすぎる!」としか思わない人間が増えたから社会が幼稚になっているのではないか?
なお断っておくと、くだんのセリフはライターが書いたもので永ちゃん自身の言葉ではなく、いわば台本通りに読んでいるに過ぎないということはわかっている。
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2015/9/23 | 投稿者: 鹿苑院

今週のリッスン?2-3を聴いていたら、「もうすぐ社会人なので社会を意識せざるおえない」と書いてきたリスナーにみかこしが「君、社会人になって大丈夫か?」と突っ込んでいたので感心した。

正しくは「せざるえない」なのだが、「せざるえない」と書いている人が結構いる。

正しい書き方である「せざるえない」は、「せざる(しない)」ことを「得ない」「しないわけにはいかない」という意味になる。
一方、「せざるえない」と書いている人は時々「せざる負えない」と変換していることがあるので、「しないでいる状態を背負えない」というニュアンスで捉えているのかもしれない。

いい歳をした大人でもこの間違いを犯している人は多いのだが、若いみかこしがこれを正しく指摘できたことはうれしい。応援している人が賢くないとガッカリするもんな。


余談だがオレの大学はアホでは入れないはずなのだが(いや、学歴をひけらかしたいわけじゃないんですけど)、クラスメートの中にも「いう」を「ゆう」と書いていたり、「一応」を「一様」と書いていたりするやつが少なくなかった。
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2015/9/21 | 投稿者: 鹿苑院



日本で初めてジャーマンスープレックスが公開された試合。諸書籍で読んでいた印象からはゴッチの圧勝だと思っていたのだが、ちゃんと互角のレスリングになっているし二本目は吉村が取って試合は一対一の引き分けになっているので意外だった。
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2015/9/21 | 投稿者: 鹿苑院

お気づきとは思うがブログタイトルのところに刀剣の写真を入れた。徳川家康公の佩刀である。
この刀には「妙純傳持ソハヤノツルギ ウツスナリ」と刻まれており、その意味は不明と関連書籍によく書かれているが、不明もなにも素直に読めば「妙純という人が持っていたソハヤノツルギ(坂上田村麻呂の佩刀)のレプリカ」という意味になるし、それで何もおかしくない。何が不満で意味不明などと言い立てているのだろう刀剣業界は。
なお妙純とは美濃守護代斎藤利国のことらしく、作者も三池大典太光世と一般に言われているが和泉守兼定の可能性もあるらしい。

この刀は、家康公が「切っ先を西に向けて安置せよ」と命じたあの刀である。徳川幕府に弓を引く者がいるとしたらそれは必ず西から現れることを予見し、東照大権現となった自らの霊力で抑える依り代となった刀。
なお薩長土から倒幕の動きは起こったため、家康公の予見は的中した。
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2015/9/20 | 投稿者: 鹿苑院

日本共産党…ついに言っちゃったな。
よりによって「国民連合政府をつくろう」とは…

現行の日本政府を転覆して新しい革命政府を作ろうって意味だよなこれ。つまり内乱・クーデターをやろうってことだよな。破防法適用して逮捕すべきでしょこの人。それでなくても日本共産党は昔は破壊的ゲリラ活動をやってたわけだし。
「戦争法案反対」と叫ぶ連中は何故かくも暴力が好きなのだろう?


(余談ですが、関白のことを内覧ともいい、この記事のサブタイトル『内乱宣言』はその意味でさだまさしさんの『関白宣言』に掛けてます。言わなきゃ誰も気付いてくれなさそうなのでセルフ解説w)
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2015/9/19 | 投稿者: 鹿苑院

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埴輪(はにわ)には今までさほど興味を持たずにきた。

日本の肖像造型は仏教と共に仏像が伝来したことで劇的にレベルアップした。百済から仏像を受け取った欽明天皇のコメントは日本書紀によると「西蕃獻佛相貌端嚴。全未曾看(西の国から来た仏の顔はこれまでに見たこともないほど美しい)」
欽明天皇を惹き付けたのは仏教の教義がどうのというより仏像の美しさ、かっこよさだったと思われる。それまで埴輪や土偶しかなかった日本人の目から見ると仏像の造型レベルは桁違いだったのだ。
そういうわけで、仏像伝来以前の日本の肖像造型はレベルが低いように思えてあまり興味を持たなかった。従ってたいして知識もなかった。

病院の待合室でたまたま読んだ雑誌にこの鎧を着た埴輪が出ていて、そのモデルは東国の武人だと書いてあった。つまり坂東武者の祖先である。オレのイデオロギーからすると興味が無いなどとんでもない、尊敬すべき神像ではないか。
モデルの人物名がはっきりわかっておらず、ほどよく写実的でないのがかえって良い。見る人の都合や思い入れによって、東国武人であれば誰を投影しても良いのだ。オレ自身でも良いわけだ。

そういうわけでこのブログの「著者近影」のところの写真も東国武人の埴輪に変えた。実物よりもそこらで販売されているレプリカの方が穏やかな顔でオレ好みなので、そちらを採用した。
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