2015/7/15 | 投稿者: 鹿苑院

朝日新聞がまた笑い者になっている。

ただ、多数決が本当に民主主義なのかという疑問にはいくぶんか価値はある。この記事だけ切り取って受け取るならそれほどおかしな記事でもないかもしれない。ただ、なんといっても朝日新聞は日頃の行いが悪過ぎる。
リンク先でも指摘されているように、自分たちにとって都合の良い結果になった多数決は「民意の表れ」で、気に入らない結果の多数決は「民意を反映していない」「強行採決」にしてしまう。こういうことをしているから今どき新聞は信頼されない。
そもそも数の暴力はけしからんと言うなら、連日「何千人が安保反対のデモ」「国民の何割が反対」と書いている自分たちもけしからんのだがわかっているのだろうか?

余談だが最近マスコミがよく使う「説明不足」という言葉。
なんとも便利な言葉を見付けてきたものだと思う。だって主観でどうとでもなるから。何百時間を費して説明されても、「え〜わかんな〜い。せつめいぶそく〜」と言い続けることはできる。最初から聞く気も議論する気もなく、否定ありきなんだから当然そうなる。
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2015/7/14 | 投稿者: 鹿苑院

12日放送の「そこまで言って委員会NP」(読売テレビ)で、ニュースキャスターの辛坊治郎氏が、東京新聞の安倍政権批判を攻撃する場面があった。

この日の番組は「2015年下半期 世界はこうなる!超リアル大予言SP」と題して、日本が関わる諸問題について、専門家らが独自の予言を披露し、出演者らと議論を展開した。

そして番組終了の直前、元アメリカ合衆国外交官のケヴィン・メア氏がとある質問を発した。現在、安倍政権は安保関連法案の法案成立を目指しているが、民主主義の手続きにのっとり衆院で2/3の議席数を占めているにもかかわらず、なぜ「強行採決」なる言葉が使われるのか、というのだ。

この質問に、辛坊氏は胸を張って「おっしゃるとおりです!」と答えてみせ、スタジオの笑いを誘った。辛坊氏の見立てによると、同法案の採決に反対している「ある新聞」が「(安倍政権が)悪いことをしている」とのイメージを作るため、あえて「強行採決」なる言葉を使っているのだという。

そして辛坊氏は、その新聞が「東京新聞」であると明言したのだった。出演者一同はこの指摘に爆笑。その場にいた東京・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏も「その通りです」と苦笑いするしかなかったようだ。




なんという正論だろう。新聞では毎日のように「強行採決は許さない」と書いているが、言われてみればまったく強行採決ではない。民主的な選挙で第一党になった与党が法案を採決するのはごく普通の立法である。ましてや安保関連法案はあの選挙で自民党が上位に挙げていた公約ではないか。
「数の暴力だ」とわめいている野党議員もいると聞くが、彼or彼女はそういう自分も数の暴力で他の候補者を落選させて国会に来ていることを自覚すべきである。民主主義とは最後は数の暴力に他ならないのだ。まあオレは民主主義が絶対に正しいという思想も持ってはいないが。

東京新聞は中日新聞の関東地方版で、共通する記事も多いらしいが、中日新聞社の人間が「その通りです」と認めてしまっているのが面白い。名古屋の恥を関東に晒さないでほしいものだ──と書こうと思ったが、よく考えたらオレは名古屋人ではなかった(爆
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2015/7/11 | 投稿者: 鹿苑院

大久保利通は、お茶といえば宇治の玉露に限るという嗜好だったらしい。ただ、その飲み方が変わっていて、たくさんの茶葉に熱い湯を注いで濃いめに出すのが好きだったという。一度、どんな味か他の人が試してみたら恐ろしく苦かったそうだ。

嗜好品なので本人がそれで良ければそれで良いのだけど、はっきり言えばこれは玉露の良い所をぶち壊しにしている。
玉露はぬるま湯で淹れ、旨味と甘味を引き出してこその玉露。熱くて苦いのが欲しいのなら安い番茶の方が向いている。

ちなみにこの記事はまさに玉露をぬる出しにして嗜みながら書いている。どうやらオレは玉露はやや薄めの方が好みのようだ。
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2015/7/9 | 投稿者: 鹿苑院

玉露の芽茶を買ってみた。芽茶とは読んで字の如く、芽の部分だけを集めたもので、同じ出物(魚でいえばアラ、肉でいえばホルモンに相当する部分。ま、正肉じゃないってことですな)の茎茶と比較すると正反対の性質を持っている。すなわち苦味・渋味が強く、カフェインが多い。

飲んでみると確かに濃厚で美味いが、後味に苦々しいえぐみがある。元々、正しくない淹れ方をすると非常に苦くなってしまうので「芽茶苦茶」といい、これが「めちゃくちゃ」の語源になったというから、もっと淹れ方を研究すればえぐみもなく美味しくいただけるのだろうか。
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2015/7/6 | 投稿者: 鹿苑院

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禁門の変で討死した来島又兵衛の苗字は「きじま」と読む。戦国期に毛利水軍の一角をなした来島通総は「くるしま」だが、同じ毛利家中のことだし同族だろうと思っていた。調べてみると違った。又兵衛の来島家は尼子家の支族らしい。

来島又兵衛というと、「猛将の誉れ高い」というキャッチフレーズが必ず付くのだが、これに昔から違和感を感じる。その誉れはいつ得たのだろう?
近隣と戦を繰り返していた戦国時代ではないのだ。禁門の変以前に幕末の長州藩が経験した戦闘といえば馬関海峡の攘夷決行ぐらいのものだが、ここで又兵衛が活躍したという話は聞いた事が無い。禁門の変が又兵衛にとって最初で最後の実戦だったのではないか? 禁門の変勃発の時点で既に武名が高かったように書いている書籍もよくあるのだが、それはおかしい。
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2015/7/5 | 投稿者: 鹿苑院

変化観音の中では、十一面観音が好きだ。その理由は敬愛する菅原道真公の本地とされるからである。

インドではモンスーンという風が吹く。インド人にとって身近な自然現象だがその定義はしっかりと定まっておらず、そのため「子供でもモンスーンを知っているが気象台ではモンスーンについて何も知らない」と言われる。ま、台風のようなものだと思えばよろしい。
突風や洪水を起こしたりと破壊的な一面も持つが、これによる降水で大地は潤い、作物が実るというありがたい面も持つ風なのだ。

モンスーンの破壊的な面を尊格化したのが不動明王で、恵みをもたらす面のそれが十一面観音だという。つまり不動明王と十一面観音は背中合わせ、表裏一体の存在なのだ。
十一面観音の化身である菅公の天神様が最初は御所に雷を落としたりする怒りの神だったことを思うとなんとなくしっくり来る。
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2015/7/2 | 投稿者: 鹿苑院

一つ前の記事のtenjin95さんがくださったコメントへの返事を考えていたら、意外に長く、面白くなったので記事本編にすることにした。なので、内容的には前の記事の続きになる。

社民党はじめ左翼政党やマスコミは日本の武装に反対しているが、武装しない無用心な状態で他国が攻めてきたらどうするのかという質問に対して、
「平和憲法を大切にしている国に攻めてくる国があるはずが無い」
などと言う。これではメルヘンの世界の話であり、少女漫画の読み過ぎである。なんということだ、我が家には毎朝少女漫画が配達されてきていたのか。それにしてはCLAMP風の美少女がどこにも載っていない。いや、左翼かぶれの木之本さくらなんてそれはそれで嫌だけど。
…ええさて、平和を保つというのは相手があることなので、日本だけがいくら憲法9条を大切にしても他国が攻めてこない理由にはまったくならない。

何かに似ているなと思ったら、そういえば婚活にそっくりだ。
オレはこの1年間、お見合いを繰り返しているのだけど、オレが相手を気に入っても相手がオレを気に入ってくれなければ御縁がなかったということになるし、逆もまた然りである。一方だけの想いがいくら強くても如何ともしようが無いのだ。というか、オレの想いだけが強ければいいのならオレはとっくの昔にあのアイドルと結婚していることだろう。

つまり、左翼政党・マスコミの言い分が間違っていることは、オレがいまだに結婚できていないということをもって証明できる//
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2015/7/1 | 投稿者: 鹿苑院

幕末初心者を最も混乱させるのは、どちらも尊王を唱えているのになぜ新選組が長州や土佐の浪士を斬り、幕府と薩長土肥の戦いになっていくのかということだ。
尊王はその時代の主要登場人物なら誰もが共通して持っている「観念」であって、その尊王を実現するためには佐幕なのか倒幕なのかという「方法論」の問題で争っているということがわかれば案外すんなり幕末は理解できる。佐幕も倒幕も尊王には違いなく、例えば倒幕派だけが尊王で佐幕派の会津や新選組は逆賊などと断定するのは近視眼的な決め付けに過ぎない。

幕末の人間はどちらが真の尊王なのかを巡る方法論で争っていたわけだが、平成の今はどちらが真の平和主義かで争っている。護憲か改憲か、である。

新聞やワイドショーは(多分に意図的に)安倍自民やそのシンパを、「平和主義に反する好戦的な人々」であるかのように言うが、もちろんそうではない。誰だって戦争に巻き込まれず平和な日本で穏やかに暮らしたいに決まっている。改憲論者とて同じである。武装しないと平和を保つことが難しいと考えるから改憲派なのだ。「日本を戦争できる国にしようとしている」という指摘はいくぶんか正しいが、「日本を戦争する国にしようとしている」わけではない。

フォークギターをかき鳴らして反戦歌を歌いたいなら歌っても構わないが、それは幕末に「天子様は尊い」と言うのと同じことである。佐幕陣営も倒幕陣営も「うん、そうだね」と言うだけでその他には何も感じないだろう。だから、反戦歌を歌ってそれで安倍自民を批判したつもりになっているのは、これまた佐幕派を朝敵と決め付ける近視眼的視野と同じレベルの的はずれな行いということになる。
どちらにも肩入れせず誰を批判する意図もなく、純粋に平和への願いを込めて反戦歌を歌うなら、それはとっても素敵なことだけれど。
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2015/7/1 | 投稿者: 鹿苑院

家康公没後400周年記念の大関ヶ原展。会場は東京と京都と福岡。江戸と京がはずせないのはわかるが、関係が薄い福岡ですらやるというのに現地関ヶ原やそれに最も近い大都会である名古屋はスルーですかそうですか。
だいたいなんで家康公没後400周年で関ヶ原なんだ? 大坂夏の陣にしとけば同じ1615年だぞ?

…とまあ文句も無いではないのだが。

刀や甲冑も興味あるけど、家康ファン兼足利ファンとしてはそれ以上に初花肩衝を見たい。むしろ骨喰藤四郎と初花肩衝だけでもいいので近くに来てくれませんでしょうか。
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