2015/2/27 | 投稿者: 鹿苑院

かつて、「プロレス・夢のオールスター戦」という大会があった。普段決して交わることのない新日・全日・国際の三団体の選手が揃い踏み、メインイベントは待望の馬場vs猪木戦!…とはいかず、BI砲vsタイガー・ジェット・シン&アブドーラ・ザ・ブッチャーのタッグマッチになったが、この大会がいかに当時のプロレスファンを興奮させたかは想像に余りある。

それを彷彿とさせる凄まじい規模のライブが行われる。「KING SUPER LIVE 2015」である。キングレコード所属のアーティストがレーベルの壁を越えて一同に会す史上空前の祭典。出演者は以下の通りである(50音順)。


angela
上坂すみれ
every♡ing!
奥井雅美
小倉唯
陰陽座
カスタマイZ
かなでももこ
喜多村英梨
小松未可子
佐藤聡美
高橋洋子
田村ゆかり
林原めぐみ
保志総一朗
堀江由衣
松澤由美
水樹奈々
宮野真守
森口博子
ゆいかおり
米倉千尋


見れば見るほど凄い顔ぶれである。御大・林原めぐみさんを頂点に、堀江由衣・田村ゆかり・水樹奈々の御三家、喜多村英梨・小松未可子・上坂すみれの新御三家。これだけでもプラチナチケットになり得るが、そこにangelaや奥井雅美、高橋洋子、米倉千尋まで招聘する凄まじさ。90年代から現在までのファンすべてを対象にしていると見ていい。これだけのことをやってキングレコードは後のイベント作りに困らないのか心配になるレベルである(これ以上凄いことをやりようがないから)。どう考えてもチケットは物凄い倍率になりそうである。
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2015/2/26 | 投稿者: 鹿苑院

川崎市の中学生殺害事件で、大阪産業大学の客員教授が

「小さいころから殺戮をテーマにしたゲームやネットに触れている影響でしょう。『画面の中にあることを試したい』と思う子が少なからずいるのです。凶器を用意するのはアイテムを揃える感覚で、彼らとしてはあくまでも“試し使い”。だから殺すつもりがなく、逮捕されても反省の弁がないのです。殺人事件は今後、もっと低年齢化するでしょう」

とコメント。


ま た か よ 。


ナントカの一つ覚えか? 凶悪犯罪は全部ゲームやネットやアニメのせいなのか?
オレもサブカルの世界の住人でもあるから、こういうことが起こるたびにいちいち犯罪者予備軍にされるのすっごい腹立つんですけど。だいたい今回の事件はどう考えてもイスラム国の真似でしょうよ。そんな簡単な分析もできないことが恥ずかしくないのか? そんなコメントを載せる新聞も校正の段階で誰かがこれはおかしいから削除しましょうって言わないのか?

「最近の子供はゲームの影響で人を殺してもリセットボタンで生き返ると思っている」という論を吐く人がいるが、いくらなんでもそんなバカがいるだろうか?
いや、そういう供述をした少年犯罪者はいたかもしれないが、それは大人が喜んで飛び付きそうな回答を苦し紛れに考えたに過ぎないのではないか?
まさかそんなことは…と思う人は自分が小学生の時の読書感想文を思い出せばいい。本心ではたいして感動していなくても、いかにも先生が喜びそうな感想を無理矢理書いていた記憶が誰にもあるだろう。
子供は元来無邪気なものではなく、子供なりに打算をもって動くものだが、大人になると自分がかつてそうではなかったことすら忘れて「子供は無邪気だ」と思い込んでしまう人が多い。「リセットボタンを押せば生き返ると思った」などという供述を子供が無邪気に正直に答えた本心だと思い込んでしまうのは、それこそ大人のくせに無邪気すぎる。
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2015/2/26 | 投稿者: 鹿苑院

「碧螺春」という中国茶がある。中国の緑茶の中では龍井茶と並ぶ横綱といっていい。
清の康熙帝が南巡した折に賞味し、「この香りに殺されそうだ」と呻き、宮中御用達に指定したほどに香りがいい。地元の土語で「(香りの良さに)びっくらたまげたー」という意味の卑俗な名前であったのを嫌い、彼自身が「碧螺春」と命名した。緑色で形が螺旋状で香りが馥郁としていることからだというが、なんだか教養がある人にふさわしくない安直なネーミングにも思える。もっと文学的な捻りのある名前にして欲しかったと思うのは望み過ぎか。

日本で読む場合は「へきらしゅん」でいいが、中国語読みだと(おそらくは地方ごとの言葉によって)いろいろに読めるようだ。「びーるおちゅん」だったり「ぴろちゅん」だったりするのだが、中には「へきるーちゅん」と読んでいる所もある。なぜかこれが一番ピンとくるよ。

買おうと思ったが3月に摘んだものが一番美味いそうなのでもう少し待つことにした。そういえば奇しくもあの人も3月生まれだった。
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2015/2/22 | 投稿者: 鹿苑院

棚橋弘至選手のスマホサイトの日記の一項が無料公開されているので読んだが、いいこと書いてるなあと感心した。


>プロレスほど、知ってから好きになるまでの過程の長さを必要とし、試練があるものもない。
 いわゆる「偏見」ってやつです。プロレスを好きだと公言したとたんに、ちょっとしたマイノリティに分類され「変わってるね」となった経験がオレにもある。そのマイノリティが好きな自分が好きだと酔っていた時期もあったけどね。


>プロレスファンはマイノリティで在るがゆえに対世間との闘いがあり、知らず知らずに受け身が取れる体になっています。物事を一度受け止め、咀嚼して返す。これって素敵なことなんですよ。


この二つの文に特に納得した。オレもそうだが確かにプロレスファンには理屈っぽい奴が多い。理屈で武装しないとプロレスファンはやってられないからだ。場の空気とやらに盲従するのではなく、自分の頭で考える──お笑いブームという逆風の中でオレが最も大切にしてきたこと。

学生だった頃の棚橋少年・青年の苦労はプロレスファンなら誰でも味わっていることでもある。プロレスラーといえど、かつては普通のプロレスファンだった時期があったんだなあ…と当たり前なことをしみじみと思ってしまった。
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2015/2/20 | 投稿者: 鹿苑院

この旅は陶磁器を目的にしていたわけではない。それなら萩に行っていたことだろう。そういうことはまったく期待していなかったし、広島の焼物など聞いたこともなかった。それだけに宮島焼に出会ったときはまだ見ぬ強豪を発掘したような喜びがあった。

厳島に渡るフェリー乗り場のすぐそばに宮島焼の窯元がある。ぶらりと覗いてみて、それがあまりにオレ好みの風合いなのですぐ気に入った。

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驚くほど萩焼に似ている。オレごときの目利きではこれを萩焼ですと言われて出されたら一も二もなく信じ込んでしまうことだろう。事実、萩焼の影響も受けているらしい。毛利家は安芸から長門に移ったのに、作陶技術は長門から安芸に伝わってきたというのがなんか面白い。

枇杷色の小ぶりの湯呑が欲しいと思っていたところで、どう探しても頃合いの物がなかったのに意図しない所で偶然見付かったのだから気に入り様がひとしおである。少し釉薬にムラがある廉価品でなんと432円だったが、工業製品的に同じ顔をした物よりその個性がむしろ好もしい。わびの精神にも適っている。

古来、厳島周辺の人々は旅に出る時、厳島の砂をお守りとして持ち、無事に辿り着いたらその土地の砂と混ぜて、帰着後厳島に返すという習慣があったらしい。宮島焼はその縁起物の厳島の砂を陶土に混ぜて焼いている。むろん目に見えるほどではない。
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2015/2/17 | 投稿者: 鹿苑院

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日本三景とはよくいったもので、心に響いた度は長年の念願だった広島城よりも厳島神社の方が大きかった。満潮の時には海に浮かぶ神社などと、そんな壮大な構想を誰が考えたのだろう?(平清盛だけど)

本などでは「厳島」というのが一般的だが、広島では「宮島」と呼ぶ方が圧倒的に通りが良いようだった。お土産に買った昔話の本では「宮島の本当の名前は厳島という」と書いてあった。なるほど、「宮島」というのは対等な別名ではなく通称なのか。オレもこの旅の間は「宮島」と呼んでいたが、ここでは呼びなれた「厳島」で統一する。

最初に感動したのは、フェリーで上陸してすぐに宮尾城のあった丘が立っていることだった。要害山と名が付いているが数分で登れる低い丘である。ここは陶晴賢を厳島におびきよせるために毛利元就が築いた囮の城である。数日の陶軍の猛攻に耐え抜いたのだが、この低さでよく耐え抜いたものだ。他の観光客は誰も登っていなかったが、今回の旅行はそもそもが毛利紀行なのでオレがスルーするわけがない。途中の山道で鹿の群れに遭遇した。

厳島神社に向かう参道は土産物屋が並んでいて楽しい。時々鹿が紛れ込んでいるが、奈良の鹿と違って人には興味を示さない。鹿せんべいのようなエサを売っていないからだろう。餌付け自体禁止されている。

厳島神社の朱塗りの鮮やかさと海の青さ、さらには天気に恵まれて空の青さ。この組み合わせに心が晴れ晴れとした、爽快な気持ちになった。
「へうげもの」で毛利輝元がわび数寄への想いを語るシーンで、「満潮の大鳥居よりも干潮の大鳥居のわびた風情に惹かれる」というようなことを言っていたが、いやいや厳島神社自体が華であってわびの例えとして出すのはちょっと違うんじゃないかなあ…と思った。

毛利元就は厳島神社への信仰が篤かった。この神社は平家の氏神であって、毛利家の祖は源頼朝に仕えた大江広元なので敵方といえなくもないよな…と思ったが、まあそこは気にせずにおこう。
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2015/2/15 | 投稿者: 鹿苑院

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今回の旅行は毛利家関連の史跡が主目的だったのだが、広島に来たらやはりここを無視できない。
有名な原爆ドームを北端として、そこから南下していく一帯は原爆関係のエリアになっている。

平和記念資料館は行くとトラウマになると聞いていた。よくアメリカ人が入館前にはイエ〜イなんて記念写真をはしゃいで撮っているが出てくる頃には沈鬱な表情で沈んでいることが多いという話も聞いた。なので覚悟を決めて入った。

偽善者ぶってもしかたないので本音を書くが、事前に覚悟していたほどのショックは受けなかった。死体や大やけどを負った人の写真、犠牲者の身体の一部まで展示してあるのだが、事前の覚悟をし過ぎたせいか、医療関係者ゆえにそういうのに耐性ができているからなのか、厳粛な気持ちにはなったものの平常心を失うことはできなかった。

むしろ、街じゅうに無数に点在するモニュメントの方に感じるところが多かった。日本じゅう、世界じゅうから寄せられた平和への祈りが生な形でここに集結している。広島は街自体が祭祀都市なのかもしれない──そう思いながら川沿いの道を歩いた。
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2015/2/15 | 投稿者: 鹿苑院

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この漫画を読んだ小学校時代から、いつか広島城を訪れたいと思っていた。その日がついにやってきた。

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天守閣に近付いてみた感想は、「思ったより小さい」だった。いや、じゅうぶん大きな城なのだが、考えてみればオレは日本で一番大きな名古屋城の天守閣を見慣れてしまっている。それと比較して小さいと感じるのは広島城に対して失礼だろう。

くだんの漫画には、広島城は聚楽第を参考にして設計したと描かれていたが、どうやらそれは事実らしい。秀次事件で破却されたために聚楽第の姿は誰もわからないが、広島城がそのヒントになるかもしれない。

広島はその名が示す通り、元々は島だった。築城の際に海を埋め立てて本州とくっつけたのだ。5つの島があったが、城地に選ばれたのはその中の最も広い島だから「広島」となった。毛利家の先祖・大江広元にあやかって一字頂いたという意味もある。広島築城に際しては築城以前に土地作りの苦労があったわけだ。
場所選びに際しては黒田如水のアドバイスに従ったのだが、九州征伐で広島城に立ち寄った豊臣秀吉が「なんでこんな所に城建てたの? 水攻めにされたら一発じゃん」と言い出したために、如水に謀られたと輝元は激怒したのだが、「毛利が難攻不落の堅城を築いては中央から警戒されるとの如水殿の配慮だろう」と小早川隆景がとりなしたという逸話がある。

原爆で全壊したため、今あるのは再建した天守閣だが、風格のある古色の壁だった。ごく近年、童友社のプラモデルのラインナップ入りも果たしている。是非にも作りたい。
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2015/2/14 | 投稿者: 鹿苑院

とある用事で書類を提出しないといけないのだが、用紙は公式HPからダウンロード。小論文も添えねばならないのだが、オレの家用PC(Aと呼ぶ)にはofficeが搭載されていない。そのため重いPC(A)にイライラしながらフリーソフトでワードに代わるものをダウンロードし、すべて整えたところ、長らく使っていなかったプリンタが黒のインクが無いとほざくので買ってきた。カートリッジを取り替えて再び印刷しようとしたら、プリンタは動くが出てきた紙は真っ白。どうやらプリンタ自体いかれているらしい。もう一台プリンタはあるが、それを使うにはまたオレのPC(A)で使えるように設定が必要になるし、そのプリンタと相棒のPC(Bと呼ぶ)はWindows XPなのでネットに繋いでダウンロードするのは危険である。

まず上記の文をとばさずに全部読み、意味を咀嚼してくださった人はどれだけいるだろう? オレならこんな面倒くさい文は読みたくない。しかしPCの説明書やヘルプにはこれよりもっと煩雑なカタカナだらけの文が並んでいるだろう。

今日の件、普通の原稿用紙に手書きでよければ1時間でできたのに、まる1日費やしてまだ完成していない。させようがない。
まったく文明は高度になりすぎた。文明とは人々の暮らしを便利に、豊かにするためのものなのだが、過ぎたるは及ばざるが如し。便利さを追求しすぎて今や不便であり、付いていけない人を爪弾きにするための凶器に変貌している。チャップリンは作中でしきりにそのことを言っていた。

聖書の神が大洪水を起こしたのは、こんな文明の間違った方向にブチ切れてリセットしたくなったからではなかろうか。もっとも、その神も今や、再び大洪水を起こしたくなってもそれに必要な手続きのための書類のダウンロードや、コンプライアンスがどうのといったやかましい問題を解決してからにしなければならないので、その面倒くささにうんざりして取りやめにしてしまっているのだろう。なるほど高度な文明は人類の繁栄に役立っている。
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2015/2/12 | 投稿者: 鹿苑院

二日連続で抹茶を点てて飲んだ。抹茶にはふくよかな甘みと旨みがあるとよく言われるが、実はそれを感じたことがない。抹茶が苦手な人がよく言う苦味もやはり感じたことがない。ぶっちゃけて言えば、抹茶って無味じゃないかとさえ思う。お菓子やアイスクリームの抹茶味は好きなのだが、あれと本物の抹茶は似ても似つかない味に思えてならない。

今うちにある抹茶は名古屋駅の地下街のお茶屋さんで、「このランクからなら甘みを感じられると思います」と言われた中の一番安いものなのだが、やはり同じことだった。もっと上の品にすれば美味しさを感じるのかもしれないが。

むしろ煎茶で甘みや旨みを感じることなら容易にできる。朱元璋が抹茶の貢納を廃止して煎茶にシフトしたのは、抹茶は茶の味わいを損ねているからという理由も挙げているのだが、その気持ちが実はわかる。名誉なこととは思っていないが。
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