2014/7/14 | 投稿者: 鹿苑院

上杉謙信の家臣に和田喜兵衛という者がいた。上州高崎城主・和田兵衛大夫の弟である。
ある日、兄が武田信玄に内通したとの情報を得たので、謙信の近習で友人である小野伝助を通して謙信にこの事を報告した。
謙信は早速出陣し高崎城へと向かったが、途中で和田喜兵衛が現れ、「すいません、誤報でした。しかもチクったことがバレちゃって高崎城にもいづらくなっちゃいました…」などと言うものだから謙信は激怒し、小野伝助ともども首を刎ねてしまった。

ここで素直に撤退すればいいのだがそこは戦闘狂謙信、「おめおめと何もせずに撤退するのもかっこ悪い。だいたい火の無い所に煙は立たぬというし、誤報とはいえそういう話が出たからにはそれっぽい雰囲気は何かあったんだろう。よし、このまま高崎城を攻めるぞ!」などと言い出したのだからたまらない。
こうして意味がわからぬまま上杉軍の猛攻を受けた高崎城は落城こそ免れたものの被害は大きく、城下町にも放火されて悲惨な目に合った。むろん生き延びた和田兵衛大夫は本当に武田信玄の下に奔ったことは言うまでもない。

どうもエピソードを洗っていくと謙信にはえげつないエピソードが時々出てくる。この時代に生きてたら信長と謙信に仕えるのは嫌だな。というか、小野伝助はなぜ斬られなければいけなかったのだろう? とばっちりもいいところである。
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