2014/5/30 | 投稿者: 鹿苑院

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仕事で熊本に来た。合間を見て熊本城に来てみたが、いやはや、聞きしに勝るとはこのことか。その威容たるや大阪城や名古屋城にも引けを取るものではない。むしろその二城より古色があり、厳めしい印象を受ける。ゴツゴツした男の城という感じがする。プロレスラーで例えるなら長州力や天龍源一郎のイメージである。この城が文をもって成る細川家の城とは思いづらい。やはり加藤清正の城である。
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2014/5/28 | 投稿者: 鹿苑院

学生に論文を書かせる実習の期間なので、学生もオレも毎日夜遅くまで残っている。学生は7〜8人の班で一つの論文を書くのだが、なかなか平等とはいかず、頑張るやつとそうでないやつに別れてしまうのはこういう形態の実習の宿命とさえ言える。

残って論文を書かないやつの理由で最も多いのは「部活があるから」なのだが、これには強い違和感を覚える。なぜ日本の学校はかくも部活に甘いのだろう。作業の合間の雑談で、これは講座の意見ではなくオレ個人の考えだがと前置きした上で学生にこう語っている。オレは部活は遊びだと思う。部活は実習をサボる理由にはならない。大学生活で学業より部活を優先するやつが少なからずいるが、そんなに野球をやりたいのならわざわざ受験して大学に入らなくても町の草野球チームに入ればいいではないか。なぜ大学に来てそれをやるのか、と。

この考え方は今までいろんな所で発表してきたが、その度に猛反発を受けた。彼らは自分たちがいかに部活を頑張ったか、勝って感動したか、負けて悔しかったかを語り、一生懸命やってるんだから断じて遊びではないと言う。しかし彼らは一つ根本的な勘違いをしているのだ。当人たちが一生懸命やっているかどうかとそれが遊びなのかどうかは本来関係がないという事実を見落としている。

例えばAKB48のオタを見てみればいい。彼らは生活費を削って同じCDを何百枚も買い、わずか数秒の握手会のために日本全国に遠征して推しメンに自分の存在を覚えてもらおうと必死になっている。当人たちは一生懸命なのだが、ではAKBのおっかけという行為は世間一般から見て遊びだろうか、それともそれ以上の称賛されるべき崇高な何かだろうか? オレは前者だと思うが、AKBのおっかけが部活に置き換わった途端に後者になってしまう世の中がすごく不思議だ。部活を理由に実習をサボることはAKBの握手会のために実習をサボるのと同じくらい白い眼で見られるべきだ。

「部活は(水戸黄門の)印籠みたいになってますよね」──真面目に論文作業をしていた学生がそう言った。部活を口実にすればかなりの範囲のわがままが容認される現状を表すのにピッタリな言葉である。

もうすぐ夏が来る。甲子園の季節である。たかがガキの球遊びを世の中全体で称賛する季節が。
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2014/5/25 | 投稿者: 鹿苑院

イオン桑名ショッピングセンターでのみかこしのミニライブに参加してきた。桑名はみかこしの出身地であり、会場もよく遊んだ場所だという。故郷に錦を飾るというのはこういうことを言うのだろう。どんな気分なのだろう。
いつものファンキーで楽しいみかこしもいいが、歌うとなると真剣な表情でキリッとした雰囲気に切り替わるのもまたなんとも魅力があった。オレは参加券を手に入れられなかったがポスターお渡し会での一人一人のファンへの対応も丁寧で温かいものだった。

桑名に向かうのにはうちからは木曽三川に沿って水郷地帯を下っていく。この途中にはおちょぼ稲荷という子供の頃からもう何十回も行った神社があり、つまりお馴染みの道。名古屋駅も経由せず、ビル街も目にしないのにライブに行くということがなんか不思議な気持ちになった。
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2014/5/24 | 投稿者: 鹿苑院



元力士同士の対決。相撲では輪島は横綱まで行ったが天龍は前頭筆頭まで。プロレスに転向すると立場は逆転し、この試合は完全に天龍のペースに支配されている。輪島をボコボコに蹴り続ける天龍を見て、前田日明は「こんな試合をされたんじゃ自分たちの存在意義がなくなる」と衝撃を受け、それがあの長州顔面蹴撃事件に繋がったともいわれる。

天龍はなにも輪島が憎くて蹴り続けたのではない。これについては天龍自身がこう語っている。
「たとえ横綱だった人間でも簡単に出来る­ほどプロレスは甘くないということ。それから、やっぱり横綱だった人間はヤワじゃない­んだよということ。この二つを皆に知ってほしかったからやったんだ」
自身のバックボーンたる相撲、そしてそこで最高位まで行った人間へのリスペクトを忘れない天龍らしい態度である。この試合、天龍にとって輪島をフォールするのは簡単だっただろうが、こういう結末で済ませたのはせめてもの情けをかけたのかもしれない。
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2014/5/20 | 投稿者: 鹿苑院

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名前は有名だが何をしたのかはあまり知られていない人というのは案外多くいるが、源義家もその一人に入るだろう。武士を扱った読物ではやたらと「八幡太郎義家公以来の…」という言葉が出てくるし、徳川家康の名前の一字も義家から採ったというくらいに広く長く尊敬を集めた人物だが、武家の神のように語られるばかりで生前何をしていたのか詳しく語られることはあまりない。そういう点でいえば彼の孫の孫に当たる頼朝や義経の方が余程有名である。

このPHP文庫の本はそういう所からの義家入門書としてちょうど良かった。小説的な脚色があまりなく、フラットな立場から義家の事績がわかりやすくまとめられている。逆に義家をよく知っている人にとっては物足りないかもしれないが。
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2014/5/19 | 投稿者: 鹿苑院

ふと気が付けばブログももう何日も放ったらかしにしてしまってました。もうちょっとだけ忙しい時期が続きます。気長に待っててください。
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2014/5/14 | 投稿者: 鹿苑院

7日午前5時40分ごろ、大阪府和泉市小田町のコンビニエンスストア「セブンイレブン和泉小田町店」に男が押し入り、レジカウンターに商品のカッターナイフを置いて「お金を出して」と脅迫した。

レジにいた女性店長(54)が、バーコードリーダーでカッターナイフの値段を読み取り、男にカッターナイフの料金を伝えたところ、男は「金を取ってくる」と言って、何も奪わずに車で逃走した。府警和泉署が強盗未遂事件として調べている。

和泉署によると、当時店内には客はおらず、けが人もいなかった。男は身長約170センチ。
黒いトレーナーとジャージー姿で、バンダナで口を覆っていた。
http://mainichi.jp/select/news/20140507k0000e040087000c.html



吉本新喜劇か!?

そもそもなんで商品のカッターナイフをレジに「置く」のか。強盗に使う気なら店の商品だとしても開封して刃を出して店員に突き付けるだろ普通。やる気あるのか。
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2014/5/12 | 投稿者: 鹿苑院

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キク科の花は子供が絵で描く花のような、もっとも花らしいオーソドックスな形をしている。しかし惜しいことに嫌う人が多い。理由は「菊は葬式の花だから」。

なぜ葬式の花に菊が選ばれてしまったのだろう。膨大な種類に渡るシンプルで美しい形をした花たちが、この人間の文化上の、いわば花自身には罪の無い理由で嫌われてしまっている。嫌う対象にするくらいなら、もっと普段ではなかなかお目に掛かることのないような、葬式ぐらいでしか見ることのないような珍しい花にすれば良かったではないか。キク科の植物など花壇にも野にも山にもありふれているのに。

実は葬式に菊を使うのは日本ではそれほど古い習慣ではない。元々はフランスの習慣であり、日本にそれが入ってきたのは明治時代のこと。日本古来のものではない。そんな歴史の浅い、しかも外国の習慣に遠慮して菊を嫌うのはあまりに菊がかわいそうだと思うのだが…。
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2014/5/9 | 投稿者: 鹿苑院

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義詮ちゃんがこんなことを言っていたけど、先日足利尊氏公の筆跡を見る機会があった。竹生島弁財天への所領の寄進状だか安堵状だかだったが、古文書にありがちなどこまでが一文字なのかわからない草書体ではなく、誰にでも読みやすい楷書体で非常に好感が持てるものだった。飾らず気さくで人に優しい公の人柄が窺われるようで、なんだか嬉しくなった。
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2014/5/9 | 投稿者: 鹿苑院

大学時代の恩師に教えられた健康法に、「同じ物を毎日食べない」というのがある。健康食品などのCMではそれを毎日食べることを推奨しているので奇異に思うかもしれないが、理由を聞けば納得できる。例えば今はまだ知られていないけど毎日食べていた物に発がん性があることが数年後にわかったら…というわけだ。納豆だとか胡麻だとかの何百年もの歴史がある伝統的な食品ならいいかもしれないが、それに何らかの食品添加物が含まれている場合はそれが引っ掛かるかもしれない。

…ということを知っていながら、これは毎日食べたいと思う食品に出会ってしまった。福井県で見付けた梅の甘露煮である。梅酒に似た甘い味でもう病みつき。菅公とその生まれ変わりと称される人物を尊敬していることとは関係なかろうが、何故かオレは梅の花も実もとにかく好きなのだ。昨日も今日も、仕事しながら思うことはただ一つ、「早く帰ってあれ食べたい」である。煮汁もサイダーで割って飲むと美味いんじゃないかという気さえする。

ああ、早く帰りたい…。
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