2013/4/8 | 投稿者: 鹿苑院

昨日のサザエさんで、ベーゴマ作りの職人が失敗作を「そりゃおしゃかだ。売り物にならねえ」と言っていた。ダメになることをなぜおしゃかと言うのだろうか。

どうもこれは鍛冶職人が火力を強くし過ぎて失敗した時に由来するらしい。江戸っ子はは行の発音が苦手なので「火が強かった」が「しが強かった」になってしまい、「しがつよかった」→「4月8日だ」で、この日が誕生日の釈迦如来に掛けたのだという。

というわけで今日は釈尊の降誕会、花祭りです。
0

2013/4/7 | 投稿者: 鹿苑院



マガジンでオレの一番好きな作品、「波打ち際のむろみさん」がこの春よりアニメ化。テレビ愛知では8日深夜2:05より。
6ページのギャグ漫画をどうやって一つの番組にするんだろう? そんなところも楽しみだ。この意味不明な主題歌も耳に残る感じがいい。製作はあの歴史と伝統の大本命・StarChild。
0

2013/4/7 | 投稿者: 鹿苑院

ブログを黒ずくめにしてみたんだけどどうかな? 飽きたらやめるけど。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2013/4/6 | 投稿者: 鹿苑院

三千家の中で利休の茶から一番変えていないのは表千家だが、それでもまったく何も変えてないというわけにはいかない。やっぱり時代の流れに合わせて変えざるを得ない部分はあるし、それをやってきたからメジャー流派として今もやっていけるのだろう。

では、利休の茶をそのままの形で保存している流派は無いのかと言われたら、実はある。その名を「肥後古流」という。肥後というキーワードから、歴史ファンなら細川忠興を連想することができる。

細川忠興、いやここでは三斎と呼ぼう。病的なほどに一途な性格の持ち主だったこの名門の御曹司が師・利休を慕う心は厚く、利休が追放される時も自分に処罰が下る可能性も恐れず見送りに行ったし、自分の墓石も利休から贈られた石灯籠を使っている。
共に利休を見送りに行った唯一の仲間である古田織部が革新的であったのに対し、三斎は利休の茶を墨守することに力を注ぎ、肥後藩の茶は利休から一切変えないことを命じる。このためオリジナリティが無くて面白くないと批判されることもあるが、そういうやつも必要だとオレは思う。

肥後古流は高い精神性を求めており、伝承する事を「生業」とする事を禁じているため、メディアで大々的に広告したりはしない。そのためあまり繁盛しておらず、ローカルな流派に留まっているのが残念なところである。
0

2013/4/5 | 投稿者: 鹿苑院

英語を社内公用語に──そんなアホなことをしているのは楽天ぐらいかと思いきや、いくつかの大学の歯学部でもそうしていると聞いて呆れてしまった。授業も配布プリントも英語なのだという。

これがいかに愚策か説明しないとわからないのだろうか? ただでさえ大学の学問というのは複雑で理解しづらい。理系、医療系なら尚更のことだ。万全の態勢で臨んでさえ難しい物に、さらに本来無くてもいい言葉の壁をわざわざ付け加えればさらに理解度が下がる。子供でもわかる理屈ではないか。なんか、なんでも英語にすればカッコイイと思ってるあまり賢くない中学生と同じレベルに思える。

オレの尊敬するかかずゆみさんのラジオ番組は「超輝け!大和魂!!」というタイトルである。かかずさん自身、着付け師の免許を持っていたりと日本文化好きであることを公言している人で、番組タイトルも「どこを見ても横文字だらけの世の中に対して日本の良さを発信したい」という意図で名付けたと言っている。こちらの方が英語公用語化よりよほど筋の通った立派な話に思える。
0

2013/4/4 | 投稿者: 鹿苑院

前に読んだ本になるほどなと思わされる説明があった。男の会話と女の会話の違いについてである。

まず女の会話から説明すると、その目的は「会話すること」そのものである。結論は別に無くてもよく、話題が尽きて沈黙になるのが一番怖い。にこやかな会話を長く続けることで、私とこの人は仲が良いということを確認するための作業だ。

一方、男の会話は、どちらがより高い見識を持っているかを競う討論ゲームである。人の話を聞いた後で、「いや、しかしね…」と反論をせずにはいられない人が確かに男には多い。そしてその勝敗は早く付く方が良く、結論をすぐに出したがる。意味もなく長く会話を続けることは好まれない。

オレはこれを知ってから、女性の話はどんなにダラダラと長く続いてイライラしても我慢して聞くことにした(時々我慢しきれないこともあるが)。
男性との話をする時は(これが意識してみると確かに討論ばかりである)、争ってもしょうがないどうでもいい話題なら「あ、そうか。いやあ、論破されちゃったなあ、ハハハ」で終わらせることも覚えた。こいつはどうして人の言うことの否定ばかりするんだろうと腹が立っていた相手にも、男の本能なんだからしょうがないわなと割り切ることもできるようになった。
皆さんも試してみてほしい。
0

2013/4/3 | 投稿者: 鹿苑院

黒田如水、小堀遠州ゆかりの高取焼。その15代窯元・亀井味楽さんの言葉がオレのかねがね思っていたことと同じだった。

「よく職人は見て盗め、なんて言われるけど、『伝』とは『人に云う』と書く。きちんと口で伝えていかないと、新たな世代は育たないと考えています。」

やっぱりそうだよな。見て盗めというよりもちゃんと言葉で教えてやる方が早いし正確なはず。ずっと不思議に思っていた。
「職人は忙しいから教えてやる時間が無いんだよ」というかも知れないが、ちゃんとした説明に要する時間と、新米の失敗をその都度リカバーする時間とを比較したら後者の方が時間の無駄ではないのか?


オレの卒業した大学の解剖学講座にはKという教授がいた。そのK教授が言っていた言葉を思い出す。

「どうせみんな先輩が作ったテスト資料持っとるやろ? その資料が時々間違ってんねん。だからみんながテストに間違った答を書く。そういうの落としてやったって嬉しそうに言う先生もおるけど、教えてやったらいいやんかってオレは思う。みんな資料をオレの所に持ってこい。間違っとるとこ教えてもっと良い資料にしてやるから。」

これも賛成。教員の仕事はテストを巡って受かるか落とすかのゲームを学生相手にすることではなく、正しい知識を伝授することなのだから。


オレは職人ではないので職人の世界のあり方に口を出すのは傲慢だと思っていたから今まで書かなかったけど、高取焼の窯元の発言というお墨付きを得たので書いてみた。
0

2013/4/2 | 投稿者: 鹿苑院

どうなんだろな。そうかもしれないしそうでもないかもしれない。少なくとも左翼では絶対ないとは言い切れるが、勤王家でもない。

大規模なデモが起きるなど、嫌韓・反韓の人が増えてきた。マスコミなどはこれを「右傾化」と呼ぶ。
ただ、嫌韓デモをしている人が勤王家なのかと言ったらやっぱりそうとも言い切れないだろう。大多数の日本人は積極的な右翼になったわけではなく、左翼であることを辞めただけだと思う。

日本人が韓国や中国を嫌うのは右翼になったからというのではなく、単にウソや不正を許せないから──そういうシンプルな理由だと思う。
今の中韓の態度を見て、これを嫌うのを差別や偏見と言えるだろうか? オレだって仲良くするのは良いことだと思うしそうしたい。でも不快なことを仕掛けてくるのはいつも向こうからではないか。
0




AutoPage最新お知らせ