2013/2/16 | 投稿者: 鹿苑院

天皇家の三種の神器のごとく、徳川将軍家にもそれに相当する物がある。ただし、天皇家のそれのように持っている者が将軍というような意味付けはない。あくまでも3つの宝物というだけである。
なに? それならサブタイトルが誇大広告になってる? わざわざ三種の神器を引き合いに出す意味がない?
営業努力だよ営業努力。かっこいいサブタイトルにした方が興味を引いて読んでもらいやすいだろうが。いちいち言わせんな恥ずかしい。
…お見苦しい所をお見せしました。

さて、他の2つが何だったか忘れてしまったので、今回は初花の茶入についてだけ語ろう(とことんサブタイトル詐欺)。

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さて、初花の茶入。写真はレプリカである。茶道具の世界では有名な茶器のレプリカがポピュラーな人気商品らしい。アマゾン価格でこの小さな焼き物が驚きの27000円だが、安土桃山の頃には茶器ひとつが城と同じ価値を持っていたこともあるので、そういうもんだと思うことにしましょう。

元は楊貴妃の油壺だったと言われているが伝説くさい。初花と命名したのは足利義政である。織田信長の名物狩り(権力に物を言わせた強引な押し買い)によって信長の所有になったが、本能寺の変で一度行方不明になり、何故か松平某が手に入れて家康に献上する。
柴田勝家の滅亡後、これへの祝賀で家康から豊臣秀吉に贈られるのだが、この意図は秀吉が家康に対して上洛しろ臣従しろとうるせーから、これやるからしばらく黙ってろよという感じだったらしい。家康はあまり茶器に興味が無かったっぽいので、これ一つで秀吉が黙るなら安いもんだと思ったのだろう。
秀吉の没後は宇喜多秀家に与えられるが、関ヶ原の敗戦で家康の手に戻った。その後、大坂の陣で戦功のあった松平忠直に与えられたが、忠直は恩賞が領地でなく小っちゃな焼き物一つであることに激怒したらしい。滝川一益の逆パターンである。なお、この時に忠直は初花を叩き付けて割ったという伝説もあるが、実物が現存しているのでウソだろう。忠直改易後はまた将軍家に戻り、以後は将軍家の宝物になった。
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