2013/1/31 | 投稿者: 鹿苑院

興味深かったのがこれ。いっぺん日本人向けのアレンジがまったくされてない現地の料理を食べてみたいが、実際行くしかないんだろうな。

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2013/1/30 | 投稿者: 鹿苑院

先日の岐阜県知事選の投票率は33%台で、またも最低記録更新。やる前から勝敗が決まっているような選挙なので行かなくてもいいかと思った人が多くいたのだろう。

テレビや新聞ではいつものように投票率の低さを嘆く報道がされていたが、客観的に見て日本の投票率が低いのは当たり前だろと思う。「誰がやっても同じだから」という意味ではない。そんな与太話にオレは加担しない。

「きどにたてかけし衣食住」という言葉を聞いたことがあるだろう。人と話す時にこの中から話題を選べばいいという語呂合わせで、これとは逆に政治と宗教と野球の話はやめておけというのだ。もうオレの言いたいことがおわかりだろう。政治の話題をタブー視するような社会で人々が政治に興味を持つはずがないのだ。野球は人気があるじゃないかという反論もあるだろうが、ビジネスの場ではともかく普通の会話では野球タブーはあまり守られていない。専ら政治と宗教ばかりが禁忌である。

建国当初から民主主義だったアメリカや、民主化を求めて革命戦争を繰り返したフランスと違って、日本は邪馬台国の昔から昭和の敗戦までずっと、偉い人が国を治めて民はこれに従うという社会だった。2000年ほども染み付いたこの感覚が今も抜けていないのだと思う。だから「難しいことはわからん。政治のことは偉い政治家に任せとけばいい」ということを平気で言う人が後を絶たない。
さらに言えば、日本の民主化は日本国民が求めて手に入れたものではなく、GHQにポンと手渡された物に過ぎず、民主化を求めて内乱が起きたこともない(一時的に大正デモクラシーはあったが)。だから日本人は民主主義の価値がわからず、なんか良い物とは漠然と知ってはいてもどう扱っていいのかわからず、深層心理の部分ではこれを迷惑がってさえいるのではないだろうか。宝石の塊をいきなり渡されてもどうしたらいいのか困るのと同じだ。

学校の授業でも、挙手して発言することを日本人は恥ずかしがる。答えがわかっていても誰も手を挙げず、教室が静かになってしまうという現象は日本独特のものだという。これこそ発言することは出しゃばりという悪徳であって、大勢に従うのが正しいとされる日本社会の縮図である。
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2013/1/28 | 投稿者: 鹿苑院

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木製模型の犬山城。毎日本物を見てるけど、木製模型にするとまた風合いがよろしいねぇ。
佐幕派のオレにとっては幕末の犬山城主成瀬家にはあまり面白からぬ気持ちを持っているけど、ふらりと遊びに行くと犬山城はなんとも良い城だ。昭和あたりの再建でなく昔の物が現存していることのポイントは大きい。

犬山という地名の由来を最近知った。なんとなく野犬がたくさん住んでたからとかそんな理由じゃないかと思っていたが、桃太郎のお供をした犬がここの出身だかららしい。なお、近くに猿啄という地名があるが、ここは同じく桃太郎のお供の猿が鬼に噛み付いて闘った地だという(「啄」は「噛む」の意味)。

実は犬山は桃太郎の舞台の地という説があり、桃太郎神社という神社まである。子供の守り神とされており、昔はよく連れられて行った。ほとんどげんこつ飴みたいなきびだんごが美味い。
余談だが中学時代に岡山出身の先生にここの話をしたら、「桃太郎は岡山に決まってるでしょ!」と一歩も退かない態度に出た(笑)。あっちのきびだんごも美味いよねぇ。
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2013/1/25 | 投稿者: 鹿苑院

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「ウルトラボーン」近日発売。そういえば怪獣の骨格・内部構造は怪獣図鑑なんかではよく見るが、立体モデルとして発売されたことは無いのではないか。食玩レベルなのがちょっと残念で、もっとリアル志向のやつだとうれしかったが、それでもツインテールとバードンがなんか良い出来で欲しくなった。
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2013/1/24 | 投稿者: 鹿苑院

織田信長には兄が2人いる。長兄は信広という。次兄は安房守という官名だけが伝わっていて本名さえわからない。三男の信長が織田家を継ぐことができたのは、兄は側室の子であり正室の子としては信長が最初の男子という理由による。

信秀の時代、信広は安祥城の守備を任されていた。三河における織田家の最重要拠点であり、今川・松平家は常にここを狙っている状態だった。松平家にとっては岡崎に移るまでもともと本城にしていた城であり、奪還が長年の悲願。今川家としては属国にしていたその松平家を煽って戦わせることで、三河に勢力を伸ばすのが狙いだった。そういう激戦地に配されたことは信広にとって不運だったろう。

天文18年、今川の軍師・太原雪斎が松平勢を率いてここを攻めると、一度は撃退したが、二度目の来襲で城は落ち、信広は捕虜になった(なにしろ相手が雪斎である。一度は撃退したことを褒めてやるべきかもしれない)。
今川家が信広を殺さなかったのは外交カードとしての利用価値があったからである。信広と交換に、織田家で預かっている松平竹千代を引き渡せというのだ。この時、信長は「竹千代は見込みがあるから兄上を見捨ててでも手元に置いておく価値がある」と進言した(小説の中だけの話かもしれない)が、信秀はやはり親子の情にほだされて交換条件を飲んでいる。こうして安祥城と松平家の若君を手中にした今川家は三河の支配権を固めることにほぼ成功した。なお、松平竹千代は後の徳川家康である。

信秀が死んで織田家を信長が継ぎ、斎藤義龍と交戦状態になると、信広は一度だけ義龍と内通して謀叛を企てている。義龍が出兵して信長が迎撃に出たら、その留守を信広が占領するという作戦だが、事前にバレて失敗した。寛大にも信長は許している。

弟・信行も信長に謀叛して一度は許されているところを見ると、信長は一度までは許すタイプかもしれない。信行は二度目を企てたので殺されたが信広は忠実そのものになり、足利義昭との和議の際には代表として交渉に当たり、和議を締結させている(そういえばその後に義昭は二度目の謀叛を企てたが、この時も信長は許さず京から追放している)。

この和議の翌年、信広に突然の死が訪れる。織田勢は伊勢長島一向一揆を包囲し、兵糧攻めにより勝利は目前となった。降伏すれば許すという信長の勧告を信じて砦から退去したところに騙し討ちの攻撃をかけられ、激怒した一揆勢の破れかぶれの突撃により、信広討死。天文18年の虜囚の恥と、たった一度の謀叛の罪をすすぐことを課題にした生涯だったようにも思える。
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2013/1/22 | 投稿者: 鹿苑院

いるよね、こういうこと言っちゃう人。

あのね、大多数の人はお金のために仕事やってるってのが本音だと思うよ。だってそれが労働の基本原理じゃん。
旧約聖書にも「禁断の実を食べた報いで、食っていくために労働する苦しみを負った」って書かれてるじゃん(オレはまったく信仰してないけど)。みんな言うでしょ、「宝くじ6億円当たったら仕事やめる」って。だいたいお金のために仕事をやるのは良くないって考え方がすでにおかしいと思うね。そういう白々しい綺麗事を言うの、もうみんなでやめませんか?

昔参加させられた経営セミナーでもそういうことを言ってたからいっぺんにイヤになった。「働くのはお金のためじゃない」「自分を高めるため」「自分を変えるため」……。
見ず知らずの人に自分を変えることを強要されるほどオレはダメなのかよ。林原めぐみさんの「私は自分を変えられない 別に変える気もないし」という歌詞がいつも頭に浮かんでいた。

あと、これ書きながら気がついたんだけど、「働くのはお金のためじゃない」って言い出すのって必ず経営者の側だよね。当たり前かもしんないけど。
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2013/1/19 | 投稿者: 鹿苑院

歴史好きなせいなのかどうか、オレは時々目の前の出来事を原始人が見たらどういう感想を持つかを想像してみることがある。

今日は非常に神経を使う仕事をしてきた。秒刻みで区切られたスケジュールに沿って行う仕事など、原始人なら一生の間に一度もしたことがなかっただろうし、する必要もなかっただろう。

もっと深く考えてみると、現代で大切だとされていること、例えば漢字の読み書き、箸の持ち方から最先端の科学技術までを含めて、「生きる」という生物としての根本課題から見ればどれも無用な物ばかりである。一休禅師に「世の中は 食って糞して寝て起きて さてその後は死ぬるばかりぞ」という歌があるが、それに通じるものを感じる。
あれこれ考えると、文明の進歩とは、「生きる」という生物としての根本課題から見れば本来無用なことにいかに重々しい意味を付け加えていくかの軌跡であると言っていい。

だからといって、それが馬鹿らしいというのではない。「そんなもんなくたって死にゃあせん」という声には「死ななきゃなんでもいいのか!」と言い返したい。
「生きる」ということからは無用であっても、それが大切なことだとみんなで思い込むことによって社会は出来ている。それはそんなに悪いことではないし、オレは無駄というものがいかに素敵かを知っている。これからも命ある限り無駄なことをし続けたいし、もし子供ができたら好奇心を持って、無駄なことをたくさんやる人間になれと教育するつもりである。
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2013/1/18 | 投稿者: 鹿苑院

久しぶりに心が躍ったCM。たとえCMでも素人が相手でも相変わらず媚びるところなく自分のレスリングをやる長州の安定感がなんかうれしかった。ちなみに最初は長州小力が出てくるが、後から本物が出てくるのでしばらく我慢してほしい。



これが完全版。

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2013/1/17 | 投稿者: 鹿苑院

薬のCMには日本社会の特徴がよく現れている。まずは見てみてほしい。一般的な風邪薬のCMだ。実はかなり変なのだが気付くだろうか?





どこが変なの?と思う方も多くいるだろう。違和感を感じないほどこれが普通になってしまっているということがすでに黄色信号である。
じゃあずばり言おう。風邪の時は「薬を飲んで安静にしていましょう」が正しいのに、「薬飲んででも働きましょう」になっていることがおかしい。

栄養ドリンクなんて24時間闘えますかなんて歌ってたCMもあったし、ウコンの力にしてもそんなの飲むより酒の量を抑えればいい話である。薬飲んでまで飲み会って冷静に考えりゃ異常でしょ。下痢止めのCMもだいたい通勤電車の中のシーンだ。

オレの見たところ、日本人はどんなに体育会系嫌いを標榜している人でもいくぶんか体育会系的な感覚を持っている。中には同属嫌悪なのか体育会系思想の権化みたいな人が体育会系嫌いを自称していることもある。でもこの記事を読んでしまったあなたは、今日から薬品のCMをどれもこれも苦笑を浮かべて見ることになるだろう。
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2013/1/15 | 投稿者: 鹿苑院

今月は休みがあと1日しかないので、肉でも食わなきゃ身体がもたない。というわけで昨日はハンバーグを食べに行った。久々にガッツリと肉を食った。オレの父親も若い頃、年をとって野菜ばかり出すようになった親に抗議したことがあるらしいが、こういうことも代々受け継がれていくのかもしれない。

あの店はサラダバーが充実しているのがウリなんだけど、なぜかパスタが「柚子胡椒風味」と銘打っていた割には味が無く、塩をかけたらやっと美味しく食べられるようになった。まあ美保純が調理係をやっていたということにしておこう。やっぱり塩気がないと食欲がヘルシー。
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