2012/7/16 | 投稿者: 鹿苑院

平治の乱の後、敗走した源義朝は尾張で家臣・長田忠致に暗殺された。
昨日の大河ドラマでは、裏切りを悟った義朝自ら自害したことになっていたが、本当は丸腰で風呂に入っているところを襲われたのである。その時に「せめて木刀でもあればこんなやつ返り討ちにしてやるのに」と言ったため、木刀に願い事を書いて義朝の墓に奉納する風習が今もある。

義朝の子・頼朝が兵を挙げ、優勢になると長田忠致はその軍門に降る。父の仇に対して頼朝は、「懸命に働いて手柄を立てたら美濃・尾張をやろう」となんとも寛大な言葉を掛けた…ように見えたのだが。

その後、平氏の滅亡が確定的になると長田忠致はやはり父の仇として粛清されてしまう。この時の頼朝のコメントは「だから身の終わりをくれてやるって言っただろ」というものだったらしい。一度受けた恨みは絶対に忘れなかったという頼朝の性格がよく表れていて興味深い。
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