2012/3/16 | 投稿者: 鹿苑院

最近、自分の書くことが右傾化してきていると自覚している。ただ、これだけは確信しているが、少なくとも日本においてはもう少し右翼思想が見直されていい。

歴史の教科書に、ABCD包囲網により「戦争をせざるを得ない所まで追い詰められていた日本」の説明(アフガニスタンやイラクを見れば今もそれがアメリカの常套手段であることがわかる)がなく、あたかも領土的野心で外国に攻め入った100%悪い日本というように書かれていること。
豊臣秀吉の朝鮮出兵や戦前の韓国併合などの日本が加害者になった記述はあっても、新羅の入寇や刀伊の入寇や応永の外寇などの日本が被害者になった記述が無いこと(高校の日本史選択者への教科書にはさすがに軽くだが書いてあるが、小学校や中学校の歴史教科書には載っていない。朝鮮出兵や韓国併合は小学校の教科書に既に載っているのに)。
音楽の教科書の「君が代」のページを塗り潰させて歌わせないこと。
こういうことが正常といえるか?

どんな国でも自国の歴史に誇りを持たせ、先祖に感謝させ、国旗や国歌に愛着を持たせるような教育をしている。世界的に見てそれが普通であり、中道なのだ。これが日本だと「右翼」になる。
つまり、日本で「ちょっと右翼っぽい」くらいが世界から見れば普通の中立的立場に相当すると考えていい。

ただし、無論右翼も極端に走るとやはり問題なので、右傾化しすぎないことも必要である。最近思うのだが、右翼と左翼は対立する存在と考えるのは間違いなのではないか? どちらにせよ極端なのは困り物だが、自分と反対の意見を持つ人がいるということは実はありがたいことなのだ。常にその意見を聞き、自分の考えを検討し直す機会が与えられるからである。
右翼は左翼の言い分を常に聞いて自分の考えが行き過ぎないよう反省材料にし、左翼は右翼の言い分に常に耳を傾けて自分の思想・言動を修正する。 右翼も左翼もともに車の両輪として働けば、結果として車はまっすぐ走れるはずである。
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2012/3/16 | 投稿者: 鹿苑院

吉本隆明さんが亡くなった。親鸞聖人を研究する上で避けては通れない人だった。
合掌。
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