2012/3/7 | 投稿者: 鹿苑院

江戸の初期に松平定政という大名がいる。従五位下能登守、三河刈谷藩主。

二万石という小大名なので、徳川家康の甥とはいえ普通ならさほど史上に目立つはずの人物ではないが、他のどんな大名もしなかった珍しい行動で名を残している。なんと、ある日突然大名を辞めて領地も城も生活雑貨一切も幕府に返上し、一介の僧侶になったのだ。大寺院の門跡になるとかいうのでもなく、ただの乞食坊主である。そして江戸の家々を巡って托鉢をして回った。

当時、幕臣は概して貧乏しており苦しい生活をしていたので、定政あらため能登入道不伯が幕府に宛てた書状には、「自分の二万石を五石ずつにわければ4000人の幕臣の生活を潤すことができる。自分ひとりでは4000人分の働きはできないのでそうする方が正しいと思った。幕府もケチらずに幕臣の給料上げてやれよ」という意味のことが書かれている。

幕府ではこの家康の甥の奇特な行いに困惑し、結局は「乱心」ということで処理してしまったが、こういう大名もいたということに何かしら救われる心地がする。
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