2011/11/17 | 投稿者: 鹿苑院

比叡山の入口にはこんな看板が立っている。

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そうか、5時半以降は入れないのか。じゃあ信長が焼き討ちに来た時も、
「すいませ〜ん。尾張の織田と申しますが、焼き討ちにお邪魔したんですけども。」
「あ〜、すいませんねえ。もう入山できる時間過ぎちゃったんで、また明日にでもお待ちしておりますので今日の所はお引取り願えませんか?」
「う〜ん、そう度々ここには来れないんだけどねえ…。しゃーない、また機会作って来ますよ。」
「すいませんねえ、わざわざ来ていただいたのに…。」

なんてやり取りをすれば焼き討ちを免れたのではなかろうか。そんなわけはない。

さて、一歩入るとまたこんな看板が立っている。

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ああ、そりゃ間違ってはいないよ。確かに法然上人800回、親鸞聖人750回の大遠忌だし、両人とも比叡山で修行していたからゆかりの地には違いないよ。
でもねえ…、浄土宗も浄土真宗も比叡山には随分いじめられたと思うんだけど。比叡山と興福寺の抗議によって法然上人の弟子の中には死刑にされる者まで出て、法然上人も親鸞聖人も流罪になっているし、法然上人の墓は比叡山の僧徒によって暴かれているし、最初の本願寺は比叡山の僧兵によってぶっ壊されてるし、蓮如上人は比叡山を指差して「あれさえなければなあ…」と愚痴ったというくらいなのに。そこまでの弾圧を加えといて両宗派がビッグになった今になって「あれはうちが発祥なんだぜ」と言わんばかりの態度はどうなんだろう。よりによって土井正三が「イチローを育てたのはオレだ!!!」と言うようなものである。 三井寺なんて山法師に追われて逃げてきた蓮如上人を匿った上に本願寺の宝の親鸞聖人の像まで逃走に持っていくのは荷物になるから辛かろうと預かってくれたんだよ。もっともその後で本願寺の再興がなった暁には「返してほしけりゃ人間の生首2つと交換ね!」と僧侶としての良識を疑うようなことを言い出してるけど。

さて、そんなこんなで散々ディスってはみたけど、やっぱり比叡山は仏教ファンには魅力のある地であることは認めざるを得ない。時間の関係で今回は東塔を巡っただけで終わったが、西塔や横川もまたゆっくり訪れてみたいものだ。なお、帰りがけに東塔大講堂の裏から坊さんがベンツに乗って出てきた時は、かの白河上皇をも嘆かせたという、今も昔も変わらぬ叡山の富強を見た思いがした(号泣)。
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