2011/9/6 | 投稿者: 鹿苑院

ひろさちやさんの「釈迦」を買った。珍しく(?)大乗の側から書かれた釈迦伝である。この本に非常に興味深い説が載っていた。なお、池上彰さんの宗教解説本にも同じような説が書かれていた。これらは「小乗非仏説」ともいうべき説である。

一般に小乗仏教の側から大乗仏教をディスる時には、大乗経典は釈尊の没後数百年も経ってから編纂されたものなので釈尊の言葉を伝えていない後世の創作であり、小乗は原始仏教の経典のみを守り実践しているので釈尊の説いた仏教そのものであるという説が使われる。これがいわゆる「大乗非仏説」である。この説では釈迦の説いた原始仏教=小乗仏教という公式が大前提となっている。

ひろさちやさんはこれに対し、原始仏教(本の中では「釈迦仏教」と呼称されている)と小乗仏教を別物とする。小乗では原則的に出家せねば解脱できず救われもしないのだが、釈尊在世中には在家でも仏教に帰依した者は多数おり、釈尊は彼らにも差別なく教えを説いた。しかし大迦葉主催の仏典結集は出家した阿羅漢だけで開かれたために彼らだけが優越する内容の教説が正統とされてしまった。これが小乗仏教であり、釈尊の精神とは異なるというのだ。だから大乗経典は釈尊の言葉ではないかもしれない(個人的にはこれも口伝というものの力を軽んじ過ぎだと思うが)が、その精神においてはむしろ小乗よりも色濃く釈迦仏教を継ぐものだと言える。

実は私も原始仏教=小乗仏教という公式を鵜呑みにしていたが、これを読むとむしろ「大乗こそ仏教の正統なり」と言う自信が出来た。小乗に対して抱いていた引け目のような物がまったく無くなったのである。
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2011/9/6 | 投稿者: まゆゆ推しの戯言



まったく違和感がない。前田敦子がセンターよりまゆゆがセンターの方がぐっと引き締まっているような気がする。次からもこうしなさい。そうしなさい。
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