2011/8/14 | 投稿者: 鹿苑院

我が家は代々の医者ではなく、私一人が医者である。親戚にもいない。だから、医者目線から見た時にとんでもないことを時々家族がやるので、そのあたりの認識のズレから喧嘩になることもある。

診療に使用した白衣を洗濯のために私は紙袋に入れて持って帰る。その紙袋を母が小物入れにしていたので、喧嘩の末、紙袋ごとすべて廃棄処分にしてもらった。考えてもみてほしい。使用後の白衣は不特定多数の人の歯の削粉、唾液、血液、その中に含まれる細菌やウイルスなどの病原体が付着しているのである。それをそのまま入れた紙袋の内面も同程度に汚い。その中に自分の私物を入れて日常生活に使うということが如何に危険なことか。またその汚染された私物を触った手を洗いもせず家のあちこちを触ればまた汚染が拡がるではないか。そうさせぬ為には、汚染が疑わしい物に触れた時は他の何かに触る前にすぐ手を洗うしかない。家族に馬鹿にされながら私が手を頻繁に洗っているのはそういう理由である。
汚い物に触れた物は汚いし、汚い物に触れた物に触れた物もまた汚いし、汚い物に触れた物に触れた物に触れた物もまた汚い。元を断たねば汚染の連鎖はいつまでも続くのである。こんなのは医療の世界では常識だが、一般にはそうではなさそうだ。

もしおおらかな人が「私はそんなの気にしない」と言ったところで病原菌が「あ、お呼びでない? こりゃまた失礼しました〜」とその場を引き取ってくれるわけもない。「神聖な仕事着を汚いなんて言うな!」という精神論も論外である。仕事着の神聖さを病原菌もわきまえて遠慮するなどということがあるわけもない。

「いちいち細かいことまで言うから腹が立つ」と母は言ったが、「子供がライターを持って遊んでたら大声で叱らなきゃいかんだろ、それと一緒だ!」と私は言い返した。憎まれ、ウザがられながら家族を感染から守っていることに、誰か気が付いてくれているだろうか。
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