2010/12/15 | 投稿者: 鹿苑院

よく参考にさせてもらっている「浄土真宗やっとかめ通信」の十七条憲法の項を読んでいると、驚くべき記述があった。

「そこで登場したのが聖徳太子で、彼は天皇の位を権力の座から宗教的権威の座に移行させ、自らが摂政として馬子と時に協力し、時に政治対決して政務を行いました。」

つまりこの文では聖徳太子は天皇親政をやめさせ、象徴天皇制の祖となったと書いているわけだが、なんと物にはいろんな書き方があるなあと驚いた。そりゃ太子は摂政の位に就き、推古天皇に代わって事実上の政治権限を持ったのだからそう言おうと思えば言える。しかし、一般的な見方では聖徳太子は天皇中心の中央集権国家を志向したというのが普通ではないか。あるいはこの文は、太平洋戦争に協力した過去への反省から左傾化しているとされる浄土真宗が、それでも内包する聖徳太子信仰を矛盾なく残すための苦しいこじつけなのかもしれない。

私の政治思想は、「天皇親政の時代にはあまりろくなことが起こっていない」というものである。政治担当能力がある者が政権を委託されて行い、天皇は「君臨すれども統治せず」が日本の自然なあり方だと思う(だから徳川幕府を支持できる)。
なので、本当は聖徳太子が象徴天皇制側の人だと私は太子と政治思想上も同志ということになり、うれしい。「浄土真宗やっとかめ通信」の記述は苦しいこじつけかもしれないが、私には心地良いこじつけであることは確か。
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