2010/7/10 | 投稿者: 鹿苑院

私は儒教が嫌いである。およそ孔子と○○(こっちは問題があるといけないので伏字)の二人がいなければ東アジア人の精神はもっと健全であったろうというのが私の持論である。そんなことを考えながら2ちゃんねるの議論を傍観していたら、なるほどとうなずく発言があった。



以下引用。
まず、儒教をやると必ず次のような人間になります

1、自分だけが人格者になったように思い込み、人様を虫けらのように看做す
2、非常に頭でっかちになり、経験を軽視する
3、独善家になる
4、ものごとを善悪是非でしかみなくなる。どちらでもないなどと見ない。
5、極端な理想を押し付け、従わない人間を愚か者とみなす



たとえば孔子の人間観は、君子と小人の二元論。
論語中にも、両者を対比的に述べた箇所がいくつもある。
一人の人間に、善の要素も悪の要素もどちらともいえない要素があるなどと考えない。完全な善人と完全な悪人という、非科学的で馬鹿馬鹿しい考え方をする。これは孔子ないし儒者が、自分は善人だという妄想があったから言ったのであった。



儒教なんてやるとね、道徳マニアになるだけ。
そして大抵、自分だけが絶対正しく、世の中がまったく間違っているという傲慢な考え方をして抜け出せなくなるわけだな。
そのへんの不良青年なんかには、劇薬として有効かもしれないが、ごく普通の人間性を持った人間には有害以外のなにものでもない。
儒教というのはつねに完全な善悪の分別をもとめたり極端なんだよ。
中庸なんて口先だけ。儒学史上、有名無実となったのだよ。
結局は人々に完全な理想や善をおしつけ、厳格主義で非人間的なイデオロギーになる。

引用終了。

2ちゃんねるの書き込みだからなんらかの悪意も偏りもあるだろうが、少なくとも私の目にはかなりの正論に見える。地理の教科書などをみると、「カースト制がインドの近代化を妨げている」などと上から目線で書かれているが、日本人にインド人を笑う権利があるだろうか。インドのカースト制を批判する前に自国から儒教を排除することを先に考えるべきである。
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