2009/5/26 | 投稿者: 鹿野苑

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものはこの世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。
さればいまだ万歳の人身を受けたりということをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてだれか百年の形体をたもつべきや。われや先人や先、今日ともしらず明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしずくすえの露よりもしげしといえり。
されば朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬればすなわちふたつのまなこたちまちに閉じ、ひとつの息ながくたえぬれば紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいを失いぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめどもさらにその甲斐あるべからず。さてしもあることならねばとて野外におくりて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて念仏申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
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