2009/5/31 | 投稿者: 鹿野苑

私は足利家が好きである。足利家といえば後醍醐天皇に歯向かった逆臣として戦前・戦中は日本史上最大の悪とされていたもんだが、この民主化の時代には足利が好きと言おうがなんと言おうが自由である。ありがたい時代だ。

その悪の張本人とされた尊氏も好きだが、私が特に好きなのは義満(3代将軍)と義政(8代)と義輝(13代)。12代義晴は我が家に桐の紋を下賜してくれたという意味で好感を持っているが、別に将軍としての魅力は感じない(だって弱っちいんだもん)。

なぜ足利が好きなのかというと、現在のいわゆる「和風」という優れた文化が確立されたのは足利時代で、しかも足利将軍がそれを主導しているからだ。遣唐使の廃止以来、日本独自の国風文化が育ったが、現代の観念でいう「和風」とそれとはちょっと隔たりを感じる。「和風」とはすなわち足利義政に始まる東山文化のことだと言っていい。つまり、我が御屋形様のいう「超和調」も足利義政のリードした東山文化なくしては有り得なかったのだ(大真面目)。足利家、もっともっと顕彰されていいと思う。
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2009/5/30 | 投稿者: 鹿野苑

インドやヨーロッパの古い仏像・神像には顔が剥ぎ取られていたり、首が切られていたりするものが珍しくない。これすなわち、イスラム帝国の支配時に偶像崇拝否定の原理に基づいて行われた現象である。バーミヤンの大仏が無様・貧ラディンの率いるタリバンによって爆破されたことも記憶に新しい。イスラム教が悪い宗教だというつもりは毛頭なく、むしろ私は好意を持っているけど、こういう文化遺産を破壊する行為は決定的にくだらない。

実は仏教もキリスト教も初期には偶像崇拝を禁じていた。仏教に関して言えば絵伝などでも釈迦の姿は描かず、法輪や菩提樹を描くことで釈迦の姿の代用としていたくらいだ。仏像なんてとんでもなかった。何故そうなのかというと、釈迦は自らが神のように礼拝されることを良しとしなかったからだ。仏教とは自然の法則を明かすものであり、帰依するべきはその自然の法則(後に擬人化されて阿弥陀如来とか大日如来と呼ばれる)であって釈迦という人間ではない。ところがガンダーラにギリシャの神像を作る技術が伝わってきて初めて仏像が作られ、今に至る(仏教の本質を歪めさえしなければ全然悪いことではない。仏像の美しさに魅かれて仏教に出会う人も多いし、私もそうだった)。
ただ、我が開祖・親鸞聖人などは美的感動を仏教の本質を理解したことと混同してもらっては困るという理由から名号本尊を発明した。すなわち紙や絹布に墨で「南無阿弥陀仏」と書いたものを仏像の代わりに拝むわけである。法輪や菩提樹を釈迦の姿の代わりにしていた初期仏教に通ずるものを感じる。ただし聖人も仏像を否定したわけではないということはきっちり明記しておく。
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2009/5/30 | 投稿者: 鹿野苑

これ。

やっぱり開業ってするまでの過程も、してからも苦労の連続なんだなあ。俺自身、あんまりしたくなくて、出来る限り長く勤務医時代を引き伸ばしたいと思ってる。都市部では終身雇用してくれるところもちらほらあって、そういう所への就職を目指している。
性格から言って、多少収入が少なくなっても気苦労を抱えずに平らかにやっていく方が性に合ってると思う。酒も飲めないし、クルマにも興味ないし、ギャンブルもやらない俺の贅沢なんて多寡が知れてるものばかりだから。
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2009/5/28 | 投稿者: 鹿野苑



そしてこれが「Moonlight Lullaby」と同じCDに収録された我が御屋形様の歌、「Good Day Friends」。一言で言えば可愛い歌だ。御屋形様というよりディータらしいという印象を受ける。優しさの意味、辞書で引くより私は御屋形様とウルトラマンに習った。
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2009/5/27 | 投稿者: 鹿野苑



折さんがメイア名義で歌っていらっしゃる「Moonlight Lullaby」。私はCDで持っているが、初めて聴いた時にその実力派の歌唱力に唸った。今に至るまで私が「折さんの歌は最高」と言い続ける自分史の最初の一曲!! 何度かこのブログでもこの曲についてはちょこちょこ書いているが、皆さんに聴かせられないのが残念だった。それを今、you tubeで発見した。聴いてください。損はさせません。
ちなみに最初に「アーティスト 永井ルイ」と出てくるが、これはおそらくこの曲を作ったという意味であろう。歌っているのは間違いなく折さんである。

…それにしてもメイアは魅力があるなあ。ああいう凛然としたコが大好きなのだ。
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2009/5/27 | 投稿者: 鹿野苑

不思議ちゃん系男女──マニアっぷりをアピールする人急増中、だとか。

歴史ブームといい、こういうマニアに優しい風潮といい、う〜ん、最近、俺に追い風吹いてきてる? もしかして俺が生きやすい時代になりつつある?

………。

い〜や、信じないね。今まで何度ぬか喜びとも知らずにぬか喜びさせられてきたことか。マニアってのは世間の目をはばかりながら、たまに偶然同好の仲間に会えた時の喜びを噛み締める、鎖国による平和を尊ぶ生き物でしょうが。アキバ系がメディアに取り上げられて有名になりすぎたために秋葉原を非オタクのカップルが歩いて「あ、オタクだ〜♪」なんて見世物同然になるような、そんなふうに自分の好きな領域を土足で踏み荒らされたくないんだよね、俺は。そりゃ歴史ファンが増えるのはうれしいけど、面白おかしく珍獣みたいな扱いでマスコミに取り上げられるのは勘弁。
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2009/5/26 | 投稿者: 鹿野苑

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものはこの世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。
さればいまだ万歳の人身を受けたりということをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてだれか百年の形体をたもつべきや。われや先人や先、今日ともしらず明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしずくすえの露よりもしげしといえり。
されば朝には紅顔ありて、夕べには白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬればすなわちふたつのまなこたちまちに閉じ、ひとつの息ながくたえぬれば紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいを失いぬるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめどもさらにその甲斐あるべからず。さてしもあることならねばとて野外におくりて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて念仏申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
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2009/5/25 | 投稿者: 鹿野苑

少々怪獣の話にお付き合い願いたい。

ゴジラは元々ジュラ紀の恐竜の生き残りだった。水爆実験でその住処たる海底を荒らされ、しかも放射能の影響で不死身の怪獣となり、怒りに燃えて人類に復讐するのだ。ゴジラとはまさに、反核の映画である。
ゴジラを抹殺する化学兵器・オキシジェンデストロイヤーを発明した芹沢博士は長年の研究の成果であるその資料をすべて焼き捨て、自らもオキシジェンデストロイヤーによるゴジラとの心中を選ぶ。やがて各国の指導者に技術が洩れてはこの大量破壊兵器が戦争に悪用されることが間違いないからだ。芹沢博士は自らの口封じをしたのである。
オキシジェンデストロイヤーでゴジラが抹殺されたラストシーン、芹沢博士の師・山根博士はひとりつぶやく。
「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。もし、水爆実験が続けて行なわれるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかに現れてくるかもしれない」

北朝鮮の親玉のような奴がいるから芹沢博士が死を選ばねばならなかったのであり、海底でのんびり暮らしていたゴジラが人類に災いする魔獣に変貌したのである。ゴジラの同類がどこにも現れない世界になるには、まだまだ程遠いらしい。
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2009/5/24 | 投稿者: 鹿野苑



私の携帯電話のメール着信音。アメリカという国をどちらかといえば好まない私がこの曲を選ぶのには抵抗もあったが、良い曲は良い曲なんだから難しく考えすぎなくてもいいだろう。それにしてもホーガンは千両役者だぜ。
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2009/5/23 | 投稿者: 鹿野苑



このカードだとホーガンの圧勝かと思いきや、木村も一歩も退かずに闘っている。最後は木村がホーガンをラリアートでフェンスの外に弾き出して反則負け。相手をフェンスの外に出すと反則負けというのは当時の新日本限定のルールだが(タイガー・J・シン対策らしい)、明らかにシラけるルールであり、今はむろん撤廃されている。
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