2009/4/16 | 投稿者: 鹿野苑

どうも自分には潔癖症なところがあって困る。例えばペンを床に落としたとする。普通の人ならそのペンを拾って、せいぜいフッと息を吹き掛けるくらいで終わらすだろうが、私はいろいろ考えてしまう。「この床はいろんな人が通っている。トイレに行った靴や、犬のフンを踏んだ靴も通っているはず。だとしたらこのペンはそういうところに落としたのと同じことだ」と考えてしまうのだ。で、アルコールティッシュでペンを拭くまで落ち着かない。医療現場ではこれは正しい態度だが、普段の生活では不便極まりない。歯学部に入る以前から多少人より気にする傾向はあったが、入ってからはますます神経質になった。難儀なことだ。
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2009/4/14 | 投稿者: 鹿野苑

でもって、マッチョドラゴン藤波の愛弟子・西村修の代表曲が「いかレスラーの歌」。映画にも西村自ら主演。



はあ…、もう何がなんだか…。でも好き。
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2009/4/14 | 投稿者: 鹿野苑

でもって、前から聴きたいと思っててやっと見付けたのがこれ。



いやはや、ひどいひどいとは聞いていたがこれは聞きしにまさる…。これをレコードにして発売し、一時期は入場テーマにまで使っていたのか…。そして、ひどいと笑いながら何度も聴きたくなるのが不思議である。


…それと、どうでもいいけど投稿者名がどうしてmizunoamiなんだ?
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2009/4/14 | 投稿者: 鹿野苑



ラッシャー木村のマイクパフォーマンス。明るく楽しく激しい全日プロの「明るく楽しく」の部分を支えていたのは間違いなくこの人だ。それにしてもこの映像のブッチャーがまたいい人だなあ…。
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2009/4/14 | 投稿者: 鹿野苑

ひゃ〜あ、これはガツンと来たね。大きなホームランを打たれた。こういうホームランなら何本でも打たれたい!
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2009/4/13 | 投稿者: 鹿野苑

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「ウルトラマン」全39話中、最高傑作の呼び声も高い23話「故郷は地球」に登場した怪獣・ジャミラに関するウィキペディアの記述は以下のようである。


以前は宇宙開発競争の時代に某国が打ち上げたロケットに乗っていた宇宙飛行士「ジャミラ」であり、正真正銘の地球人であった。事故によって水のない惑星に墜落し、救助を待つうちに体が変異し、醜い怪獣の姿となってしまった。母国が国際批判を恐れて事実を隠蔽したために見捨てられたことを恨み、宇宙船を修理して地球に帰ってきた。地球に帰ってきた後は、見えない宇宙船に乗って要人を乗せた旅客機を墜落させた。

武器は口から吐く高熱火炎(100万度)。

水のない星に長くいたせいか皮膚が粘土質に変化しており、そのため炎に強いが、皮肉にもずっと欲していた水が最大の弱点となってしまったという性質をもつ。科学特捜隊による人工降雨弾攻撃は耐えたものの、ウルトラマンのウルトラ水流によって絶命する。その断末魔は、這い蹲って万国旗を潰し、赤ん坊の泣き声に似た悲痛なものであった。科学特捜隊は、かつての人間を殺したことに晴れない疑念を持ったまま、彼を埋葬した。



「ジャミラの正体を隠し、宇宙から来た一介の怪獣として処理せよ」。これが科学特捜隊に下された命令だった。そのジャミラの絶命のシーンは一度見たら忘れられない。苦手な水を浴びせられて苦しみながら倒れるジャミラ。水によって地面は泥。その泥にまみれながら悶え、泣き声とも呻き声とも聞こえる声を発し、まるで自分を裏切った地球に怨念を込めて殴りつけるかのように泥まみれの地面を苦しげに叩き続ける。どう見てもジャミラが可哀想なシーンなのだ。
科学特捜隊でジャミラと闘うことに最も拒否感を示したのはイデ隊員だった。ジャミラを埋葬した墓碑に刻まれた「人類の夢と科学の発展のために死んだ戦士の魂、ここに眠る」という文字を見てイデはつぶやく。「偽善者はいつもこうだ。文句だけは美しいけれど…」。ジャミラを葬り去った偽善者、それは地球人。こんなにも主人公やその仲間・地球を守る側が痛烈に偽善者と描かれた作品は他には同じウルトラシリーズの「ノンマルトの使者」「超兵器R1号」(ウルトラセブン)、「怪獣使いと少年」(帰ってきたウルトラマン)くらいしか知らない。
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2009/4/11 | 投稿者: 鹿野苑

勘弁してくれないかな。風味という言葉があるように、味は舌だけでなく鼻でも味わうもの。しかるにタバコの煙はどんな料理の匂いも見事にぶち壊す、強力な風味キラーである。

注文してから品が出てくるまでの時間にタバコをふかす人はまだ良い。自分がこれから食べるものの風味も壊しているわけであり、一応自分も損をしているからだ。その点で多少不快感は和らぐ。
一番嫌なのは(そしてこれが一番多いのだが)食後に店を出ず一服始める人。自分さえノーダメージで悠々と食事を終えたら他の人なんて知らねーというエゴをこれでもかというほど感じる。多分そんなつもりは無く、習慣だから何も考えずにやっているだけだろうが、吸わない人間から見たらそういうことなのである。
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2009/4/10 | 投稿者: 鹿野苑

好きな芸術家を聞かれたら、酒井抱一と答える。
酒井抱一の作品を見たいという方は、googleあたりで画像検索してみてほしい。…え? 面倒臭い? しょうがないなぁ。じゃあ代わりに検索しといてあげたから。
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2009/4/9 | 投稿者: 鹿野苑

研修プログラムにもいろいろあって、私のプログラムでは1年のうち4ヵ月(9月〜12月)は大学病院を離れ、提携している開業医院で研修しなければならない。そのための面接に日本中(というほどでもないけど)歩き回ってたわけだが、めでたく三河岡崎の歯科医院に決まった。東照大権現安国院徳川家康公の故郷である。私にとって聖地である。そこで修行できるなんてうれしい。
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2009/4/8 | 投稿者: 釈鹿苑

今日は釈迦の誕生日である(前々から思っていたが、釈迦と呼び捨てにするのはなんか引っ掛かる。仏教徒として適切な呼び方は「釈尊」だが、これだとひょっとしたら釈迦のことだと分かってもらえないかもしれないので、やはり少々不本意ながら「釈迦」で続けたい)。

釈迦といえば仏教の開祖ということは誰でも知っている常識だが、開祖という言葉はちょっと誤解されやすいかもしれない。仏教という新しい教えを釈迦が作ったというように思われている可能性がある。そうではないのです。

釈迦がなした業績は、新しい宗教の「創造」ではなく、自然の法則の「発見」だった。そして仏教とはごく簡単にまとめると「自然の法則の中で生かされていることに感謝しましょう」というものである(阿弥陀如来とか大日如来というのはその自然の法則を擬人化したものに付けたあだ名のようなものか)。手前味噌だが、その感謝という教えを最も簡潔かつ純粋に説いているのは我が浄土真宗であると思っている。同じ「南無阿弥陀仏」でも他宗のそれは唱えることで阿弥陀如来に救いを求める「help me」の意味合いを持つ念仏だが、浄土真宗の念仏は阿弥陀すなわち自然の法則に感謝する「thank you」の念仏だからだ。これを「報恩感謝」という。だからこのブログの読者さんには耳タコだと思うが、仏教は死人を弔うための宗教ではなく自分の生き方を考える哲学だと私は考える。

…つい話が長くなった。ともかくもお誕生日おめでとう。
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